PADDLER’S EYE 湘南の今を独自取材した特集と連載

FOOD BATON リストランテ鎌倉フェリーチェ 小曽根幸夫さんのイタリア料理

海や山、自然に恵まれた湘南には、季節折々の旬な 食材が集まる。
その食の豊かさにひかれて、この地に暮らす料理人は多い。
食のバトンがつなぐ、湘南のテーブルストーリーに耳を傾けてみよう。
今回、「リストランテ シーヴァ」の芝先康一さんから、フードバトンを引き継ぐのは、
「リストランテ鎌倉フェリーチェ」の小曽根幸夫さんだ。

「#017 芝先康一さんのイタリア料理」はこちらから

Photos : Pero  Text : Paddler

イタリアの三つ星レストランを始め老舗のホテルで腕を磨いてきた小曽根幸夫さん
本場のイタリアの味が、稲村ガ崎に

旧家が立ち並ぶ鎌倉・稲村ガ崎の閑静な住宅街。車も入れない小道を上り詰めた丘に、「リストランテ鎌倉フェリーチェ」は店を構える。ウェブサイトやSNSも公開していない、隠れ家のようなレストランだ。

「ネットが苦手なだけですよ」と笑うのは、オーナーシェフの小曽根幸夫さんだ。だが、そこには自らの味に対する自信が透けて見える。実際、食通で知られる某有名イタリア人が都内からわざわざ足を運び、イタリアで修行したシェフの多くもプライベートで訪れる。小曽根さんの“本場の味”を求めてだ。  

小曽根さんは、イタリアの味を日本で再現することを、とことん追求している。週2度、現地から空輸で野菜や肉類などの食材を取り寄せている。

「イタリアンはとてもシンプルなんです。ですから、食材がとても大切。やはり、ポテンシャルが高くないと。日本のもので代用してみたんですが、味が弱い。もちろん、和食にはいいんででしょうが」  

小曽根さんの料理は実に滋味にあふれている。繊細ながらも力強い。香りも芳醇で、思わず料理を撮影しているカメラマンが、感嘆の声を上げるほどだ。手間とコストをかけてまで現地の味を追い求めるのには、これまでの料理人としてのバックグラウンドがある。

両親ともに会社を経営していたこともあり、「自分で何かやりたいことを見つけて起業する」ことが当たり前だと思っていた小曽根さんは、高校時代に飲食店でアルバイトをきっかけに食の道を志した。

「パスタもドリアもハンバーグもあって、いわゆる町の洋食屋さん。田舎だったので、僕はそれがイタリアンだと思っていました(笑)」

それまで海外旅行もしたことがないのに「イタリアはかっこいい」と漠然と思い、イタリア料理を目指すことに。当時は、料理人といえばフレンチが主流。調理専門学校卒業後、狭き道である六本木の有名イタリア料理店へ就職できた。 いつかは自分の店を持ち、スタッフを雇い支店も増やしたい。食の世界での成功を夢見ていたが、2年目に店を辞めてイタリアへ。

「同期入社なのに年齢の上の者だけが昇給。同じことをやって日々がんばっているのに、ここで差が出る」と年功序列の世界に納得できなかった。

「先輩のつてを頼りにイタリアへ渡りました。お金がなくてスーツケースも買えず、リュックサック一つ。中身は高級なリストランテに行く時に必要となるであろうスーツと革靴。所持金も5万円ほどでした。『お金がないから行けない』という人も沢山いたんですけど、思いが強ければ必ず道が拓けていくんです」

その言葉の通り、イタリアで5年間とイギリス1年間に及んだ海外修行は順風だった。イタリアで当時3軒しかなかった三つ星のレストラン「ドン・アルフォンソ1980」、そして世界屈指の老舗ホテル「ヴィラ・デステ」で経験を積むことができた。フィレンツェのリストランテでは20代ながら、シェフを任された。そのモチベーションとなったのが、イタリアで受けた衝撃だった。

「六本木の店で2年間修行して、『自分はすごい料理ができるようになった』と自信があったんです。ですが、イタリアで衝撃を受けました。自分がやってきた料理はイタリア料理ではない。まったく違うもの。やはり日本のイタリアンはアジアの文化。イタリアで自分が食べてきた本場の味を忘れないで、日本に持って帰って伝えたいと強く思いました」↙︎
閑静な住宅街にある隠れ家的なレストラン。小曽根さんが追求する本場の味を求めて、都内から足を運ぶ客も少なくない。中には食通で知られる有名なイタリア人も
週2度、イタリアから旬の食材を空輸する。「日本のもので使っているのは水と魚介くらいですね。食材のポテンシャルが違います」
ナポリの伝統的な手打ちパスタ「シャラティエリ」。ヨーロッパ最高峰のオマールエビとトランベッタというズッキーニの一種をトマトともに。シンプルなだけに食材が物を言う。昼夜ともに3,900円、5,500円、8,000円の3種類のコースのみ。要予約だ
使いたい食材で、やりたい料理を

「リストランテ鎌倉フェリーチェ」のテラス席では、稲村ガ崎の海、江の島と富士山という抜群の景色とともに料理を味わえる。室内にはグランドピアノが控え、時にオペラ歌手の奥さまの即興も楽しめる。リストランテながら、決して敷居は高くない。オープンキッチンなので小曽根さんと会話をしながら、アットホームな居心地のいい雰囲気でコース料理を味わうことができる。イタリア料理好きには、格好な食空間だろう。

だが、小曽根さんがこの店に行き着くまでの道のりは、平坦ではなかった。帰国後、その腕を見込まれて、早速店をオープンすることになった。場所は青山の一等地、テーブルは4つだけのプライベート感が漂うリストランテ。いわゆる業界の人間がお忍びで通い、評判になった。だが、小曽根さんは違和感に戸惑う。

「お客さんが楽しそうじゃないんです。ふたりで来ても会話がなかったり、食事に来ているのにお腹が空いていないとか……。接待とかのお客さんが多かったんです。ヨーロッパではレストランは食事を楽しむ場所ですから、そのギャップが大きくて。作る側は魂を込めて作っているじゃないですか。手順も考えて温かいうちに出して、1分置いていたら味が変わってしまうという世界なので、出したらすぐに食べてもらいたいし。自分の思いと向こうの思いがチグハグで……」

2年の契約を終えた時、「ひどく疲れてしまった」小曽根さんは、新天地を鎌倉に求める。奥さんの実家が北鎌倉ということもあり、馴染みのある土地だった。海も山もあり、歴史も古い。初めて訪れた時、どこかイタリアに似ていると思った。開店資金に制約があり、始めたのは5坪ほどの創作ブリュレの店だった。ブリュレといってもスイーツだけではなく、カップに「三つ星の前菜の味」を落とし込んだ。数百円でテイクアウトできる手軽さが評判を呼び、都内のデパートから声がかかるように。その催事に合わせて焼いたロールケーキが爆発的に売れた。不眠不休で作り続け、ついには過労で救急車で運ばれてしまうことに。

「何やっているんだろうと思いました。何のためにイタリアに行ったんだって」

初心に戻った小曽根さんに、時を同じくして知人から妙本寺に近い好立地の店舗を紹介される。ひと目で気に入り、2011年に「リストランテ鎌倉フェリーチェ」をスタートさせる。そして、2年前に稲村ガ崎に移ってきた。

「湘南のお客さんは、食を楽しんでくれる方が多いですね。20代の頃は店を大きくしたいという思いが強かったんですが、意外と自分は職人気質だったんだと気づきました。人に任せることができないんです。『自分が使いたい食材を使って、やりたい料理をやる』というのが一番のベース。それでやっていけたらいいなと思っています」
「人任せにできないんです」と小曽根さん。ひと皿、ひと皿に真摯に向き合う
テラス席からは、稲村ガ崎、江の島、富士山を一望。絶景とともに舌鼓を打てる贅沢な空間だ
「ぜひ、本場のイタリアの味を楽しんで下さい。お待ちしています」
WHERE THE NEXT?
小曽根さんオススメの一軒は?

リストランテ ラ・ルーチェ(鎌倉)

「お客さんはオーナーシェフとのやり取りを楽しみに通っています。料理も独自の世界観を持っている。まさに『小川劇場』です」(小曽根)
リストランテ鎌倉フェリーチェ
神奈川県鎌倉市稲村ガ崎1-17-23-8 [MAP]
TEL. 0467-23-2678
OPEN. 11:30~13:30 (L.O)/18:00~20:00 (L.O)