PADDLER’S EYE 湘南の今を独自取材した特集と連載

FOOD BATON とし彦 新井田寿彦さんの会席料理

海や山、自然に恵まれた湘南には、季節折々の旬な 食材が集まる。
その食の豊かさにひかれて、この地に暮らす料理人は多い。
食のバトンがつなぐ、湘南のテーブルストーリーに耳を傾けてみよう。
今回、「BAR THE TIPPLE」の杉本光輝さんから、フードバトンを引き継ぐのは、
「とし彦」の新井田寿彦さんだ。

「#021 杉本光輝さんのカクテル」はこちらから

Photos : Pero  Text : Paddler

家業が料亭だったこともあり、料理人の道を歩んだ新井田寿彦さん。京都や大阪、東京での修行を皮切りに、長年料理の世界で生きてきた
手間暇を惜しまずに

今や世界でも屈指の人気料理となった和食。ユネスコ無形文化遺産に登録されたことが物語るように、日本の味は国境や文化を超えて、多くの人々の舌を口福にしている。和食とひと口にいっても、その料理の種類は多々あるが、その最高峰が会席料理であることを否定する人はいないだろう。四季折々の旬の食材を、和える、焼く、炊く、揚げる、蒸すというさまざまな技を駆使して、見た目も美しく器に盛り合わせる。味はもちろん香り、視覚、場の空気と、五感すべての調和を楽しむ。食の総合芸術といっても過言ではない。

それだけに、その手間暇は相当なものだ。多くの料亭では、下ごしらえをする洗い方や、煮方、椀方、焼方など料理人が細分化して担当している。それを板長が指揮して、一つの作品にまとめ上げるのだ。
 
この労をいとわずに、自分の腕だけで会席を供する稀有な料理人もいる。「とし彦」の新井田寿彦さんも、そのひとりだ。店は鎌倉駅からほど近い小町の一角。飲食店が集まるビルの2階に店を構えている。正統派の会席料理、そして手が込んだ一品がアラカルトでも楽しめる。素材を生かす京風な味付け、奇をてらうことのない仕事ぶりから、料理に向きあう真摯な姿勢をうかがえる。根っからの料理人——新井田さんの生い立ちを聞くと、それも納得だ。

「実家が鎌倉の裏駅で、料亭を営んでいたんですよ。ですから、幼いころから両親が働いていたので、自分でご飯を作って食べることを結構やっていたんですよ。料理はすごく好きでしたね」  

「自然の流れで料理人になった」と言う新井田さん。高校を卒業後、調理学校に進学。以後、京都、大阪、東京と修行を積んでいった。そして、実家の店で腕を振るうことになったが、残念ながら看板を下ろしてしまった。以後、料理の世界には身を置き続けたが、調理の現場からは遠ざかっていた。そして紆余曲折を経て1年ほど前に、地元の鎌倉に自らの店をオープンさせたのだ。↙︎
昨年オープンした「とし彦」。カウンター席だけなのでディナータイムの予約は必須だろう
メニューは季節によって変わるが、鴨ロースは定番の人気メニュー。希少なマガモを焼いて油抜きして、タレに漬け込んでローストする手間のかかる一品。1,000円
新筍の土佐煮(1,200円)など旬の素材の料理がアラカルトで楽しめるが、おすすめは会席料理のコース(6,000円、8,000円、10,000円)。新井田さんの腕を存分に堪能できる
両親の料亭の名前を再び

先付け、八寸、お刺身、お椀、焼物、煮物、強肴(しいざかな)、揚物、酢の物、そしてご飯ものと、伝統的な会席料理。そのコース料理は決してリーズナブルとは言えない。「それでも、ここを気に入ってきて、何度も通って下さるお客さんもいます。そういう方をすごく大切にしたいですね」と語る新井田さん。そこには料理の腕に対する自信が透けて見える。素材の味を最大限に引き出す。そのためには丁寧に出汁を引き、入念に下準備をする。一品を作るのに何日もかかることも珍しくない。

「素材のおいしさだけでなく、どう料理するかを楽しんでもらえたらうれしいです」 

再び客の前に立つことになった新井田さんだが、改めて「料理をしているのが一番楽しい」ということを実感している。

「あるお客さんから『いつも心を込めた料理を作っていただいてありがとう。これからも、作り続けて下さい』という言葉をいただいた。とてもうれしかったですね」

今、新井田さんには一つの夢がある。現在の場所では制約があり、自分が思い描く店づくりができていない。いつか、移転して納得がいく店をつくりたい。

「5席くらいのカウンターの店でいいかな。メニューもなくていい。自由に作って食べていただく。その方がお客さんも楽しめますし。最後のわがままです」

その新しい店名は決まっている。かつて両親が営んでいた料亭の名前だ。
単品メニューも充実している。ランチではづけ丼や親子丼、かまあげしらす丼(各1,500円)がお手軽にいただける
器も目に映える。実家の料亭で使っていたものも。作家ものや年代ものが多い
「心を込めて作ることは負けません。いらっしゃっていただき、気に入ってもらえたらうれしいですね」
WHERE THE NEXT?
新井田さんオススメの一軒は?

coming soon
とし彦
神奈川県鎌倉市小町2-11-11 大谷ビル 2F [MAP]
TEL. 0467-25-0003
OPEN. 11:00~14:00
    11:00〜14:30 (土・日・祝)
    17:00〜22:30
CLOSE. 無休