THE PADDLER 湘南で自分らしく人生を切り拓いてゆく男たちを紹介

THE PADDLER | 031 Mr. Yuuichi Ooi セーラー 大井祐一さん| 辻堂

湘南には、自分らしく人生を切り拓くために漕ぎ出す男たち=THE PADDLERがいる。
彼らを突き動かすもの、そして、視線の先にあるものは?
INPUTとOUTPUTという二つのワードから、その行動を探る。

Photo: Koki Saito  Text: Paddler

INPUT
「自分の力で海に出て、自分の力で帰ってくる。ヨットの楽しさに感動した」

2020年、江の島が東京オリンピックの競技開催地となったことで、大きな注目を集めているセーリング。昨年8月に開催された「セーリングワールドカップシリーズ江の島大会」では日本人選手が金メダルを獲得し、来年の活躍も期待されている。

セーリング競技で欠かせないのが、選手が駆るボートだ。タイムを争う上で、競技者の実力はもとより、このボートの性能が勝負を左右する。競技用のボートのほとんどは手づくり。ファクトリーというボート工場で、ボートビルダーと呼ばれるクラフトマンたちが、ゼロから船を造り上げる。現在、日本にはファクトリーが3社あり、お互いにしのぎを削っている。

その一社が、湘南にある「辻堂加工」だ。半世紀以上の歴史を持つ老舗ファクトリーで、多くのレースで優勝艇を誕生させてきた。大井祐一さんは、この辻堂加工の営業マンとして働いている。営業とは言っても、一般企業の営業職とは、その役目は大きく異なる。大井さんはセーリングの元日本チャンピオン、現在もレースで活躍している。

「自分自身がレースで好成績を上げて、船をPRすることが仕事の一つです。そのためにボートビルダーに、海の上でのフィーリングをフィードバックして、船の性能を向上させる手助けをします。自分でトレーラーで引っ張って行って納品することもありますよ。『チューニング』と言ってセッティングをしないと、いい船でも走らないので、その手助けもします」

レースで活躍しながらも、ファクトリーの要職を務める大井さん。海でも陸でも、セーリングに専心するが、セーラーとしての人生の始まりは高校時代にさかのぼる。大井さんは、海の街、千葉県鴨川の出身。幼少のころより海の仕事にあこがれ、水産高校に進学。そして、友人に誘われてヨット部に入部した。

「自分の力で海に出て、自分の力で帰ってくる。本当に海と一緒になって、海を全部見られた気持ちがしました。初めての感覚でのめりこみましたね」

だが、ヨット部といっても先輩はゼロ。1年生の大井さんと仲間だけが部員だった。みんなヨットは未経験だった。

「顧問の先生がよかったんですね。『インターハイというものがあるけど知っているか』と説明してくれて、『レジャーでいくのか、チャンピオンシップを目指すのか選べ』と。で、単純な男たちですから、『もちろん挑戦します!』。生徒の自主性を大切にしながら、目的を持たせてくれたんです」

それから、始発から終電まで練習に明け暮れる高校生活を送った大井さん。「年末年始以外365日、海に出た」と言う。その努力が実り、3年生で全国大会3位という快挙を成し遂げた。卒業後はセーリング競技の強豪、日本大学に入学。ヨット部の合宿所がある葉山の海をベースに活躍。大学日本一の栄誉も獲得した。↙︎

OUTPUT
「湘南から、世界を相手に闘える船を造りたい」

順風なセーラー人生を歩んでいるように見える大井さんだが、壁にもぶつかってきた。ひと口にセーリング競技といっても、使用するヨットの種類によってカテゴリーは何種類にも及ぶ。大井さんが大学時代から専門にしているのが「スナイプ級」だ。国内での競技人口はもっとも多いが、オリンピックの種目ではない。

「大学のヨット部は艇種が二つあります。スナイプそして470です。470はオリンピックの種目ですし、花形なんです。僕も470でオリンピックを目指したいという思いがあったんですが、新入生には選ぶ権利がなかった。実力で振り分けられるんです」

その後、大井さんは関西のファクトリーに就職したが、オリンピックの夢はあきらめ切れなかった。休職して、念願の470にチャレンジした。

「がんばればどうにかなると思っていたのですが、今にしてみれば無謀でした。コーチも必要だし、船を買ったり遠征費用を捻出するマネージメントもしなければならず……」

アルバイトをしながらレースに参戦したが、やはり個人での選手活動には限界がある。1年間、全力を注いで見切りをつけた。だが、この挑戦で改めてスナイプの魅力に気づいた。体力や高い操船技術がカギとなる470に比べて、スナイプは風を見る力や戦略がものをいう。知識とか経験値が勝負のカギとなるので、体力的には劣る高齢者がレースで勝つことも珍しくない。

「スナイプのスローガンは、『シリアス・セーリング、シリアス・ファン』。つまり、真剣にセーリングをしないと勝てない。だけど、楽しむもうと思えばすごく楽しめる。真剣さと楽しさとが混じった種目なんです」

よりスナイプを極めるために、7年前に「辻堂加工」へ移籍。久しぶりに、古巣ともいえる湘南の海に舞い戻った。

「湘南の海はすごい! と改めて思いましたね。SUP、ウインドサーフィン、カヌー、シーカヤック、ヨット、釣り……。こんなに海がにぎわっている場所はほかにはありません」

ますますセーリングにも熱が入り、3年前、ずっと目標としていたスナイプ級の全日本チャンピオンにも輝いた。

今、大井さんは大きな計画を抱いている。今シーズンから、「辻堂加工」を引き継ぐ形で、仲間とともに新しくファクトリーを立ち上げるのだ。

「湘南を舞台に工場を新しくつくって、日本を代表するようなボートビルダーにしたいんです。そして、ここ湘南から世界で闘える船を生み出したい」

大井さんの夢は、順風満帆に未来の海へと向かっている。

THE PADDLER PROFILE

大井祐一

1985年千葉県生まれ。日本大学ヨット部在籍時に、個人戦と団体戦で日本一に輝く。2016年にスナイプ級で全国制覇を果たした。
その後、関西のヨットのファクトリーに就職して、「辻堂加工」へ移籍。以後、湘南をベースに競技活動を続ける。
今シーズンから新しいファクトリー「TSUJIDO RACING」をスタートさせる