THE PADDLER 湘南で自分らしく人生を切り拓いてゆく男たちを紹介

THE PADDLER | 061 Mr. Yoshinori Kawaoka 『酔と粋』『パラメヒコ』オーナー
川岡喜徳さん | 藤沢

湘南には、自分らしく人生を切り拓くために漕ぎ出す男たち=THE PADDLERがいる。
彼らを突き動かすもの、そして、視線の先にあるものは?
INPUTとOUTPUTという二つのワードから、その行動を探る。

Photo: Yumi Saito  Text: Takuro Watanabe Edit: Yu Tokunaga

INPUT
「みんなでメキシコに行こう!っていう思いを店名に込めてもいるんです」

「湘南エリアでタコスといえば」という話題が出た際に必ず名前が上がるスポット『PARA MEXICO』(パラメヒコ)』は、海辺の街らしいゆったりとした空気が流れる鵠沼海岸の商店街にある。カラフルな店内の壁面には数々のグラフィックアートが溢れているのだが、(ディエゴ・)マラドーナの絵が目を引いた。

「『パラメヒコ』のネーミングは、サッカースパイクの名前からもらったんです。1986年のW杯メキシコ大会の時にマラドーナが履いていて今でも人気のあるスパイクなんですけど、自分が子どもの頃は高級だからパラメヒコを履いているのはコーチとかだけで、やべー! パラメヒコ履いてる! っていう憧れの存在だったんです。そんなワクワク感もこの店で感じてもらえたらと思っています」

このネーミングでタコス屋なのだからメキシコ好きなのか思い、オーナーの川岡喜徳さんに尋ねてみると「メキシコには行ったこともないんです」との答えが返ってきた。

「 パラメヒコっていうスパイクは日本のプーマがメキシコ大会を目指す日本代表に『メキシコに行けるように』との願いを込めて提供したスパイクなんです。結局W杯には行けなかったんですけど、自分もうちのシェフもメキシコには行ったことがないから、店を頑張ってみんなでメキシコに行こう! っていう思いを店名に込めてもいるんです」↙︎
『パラメヒコ』のタコスの美味しい噂は今年5月の開店当初より各方面から聞いていて、メキシコに行ったことがある人からは「向こうで食べたタコスみたい」との感想をよく耳にした。それは現地に訪れたことがある、ないの問題ではなく、純粋に美味しさを求めていった結果なのだろう。

「うちで出す料理は“安心安全なジャンクフード”っていうテーマがあるんです。自分はいわゆるジャンクフードが大好きなんですけど、体に良いジャンクフードを提供したいんです。タコスに関しては化学調味料を一切使っていませんし、食材にもとてもこだわっています。アメリカ、特にニューヨークによく行っていたので、アメリカで食べてきたタコスの味に影響を受けていますね。本場の味に寄せていってるということではなくて、自分の好きな味を追求していった形です」

とは、シェフの八巻遼平さん。『パラメヒコ』のタコスはしっかりした味なのだが軽さもあって、すぐにもう一つ食べたくなるのだ。
ここ最近、本格的なタコスを出す店が増えてきたが、それまで日本におけるメキシコ料理やタコスといえば、アメリカ的にアレンジしたテックスメックス料理店のフラワー(小麦粉)トルティーヤを用いてチーズなどでボリュームを出した少し重たいタコスが主流で、メキシコ流のコーントルティーヤを用いたオリジナルなタコスの世界はそこまで伝わっていなかった。

「日本でのタコスといえばもう一つ、沖縄スタイルのタコスが浸透していますよね。揚げたハードシェルにタコスミート。それももちろん美味しいのですが、自分達は子供も食べることができる、やわらかいシェルを使ったものにしたかったんです。味の研究と開発はシェフがガンガンやってくれるからとても助かっています」

OUTPUT
「自分を訪ねて来てくれた人にはよくしてあげたいし、
出会いを大切にしています。人が好きなんでしょうね」

川岡さんには飲食店経営の他にも、訪問歯科医療のコーディネーターとしての顔がある。家業でもある本業の仕事をしつつ、8年前の28歳の時に藤沢にダイニングバーの『酔と粋』をオープンさせた。

「『酔と粋』をつくった時は飲食店をやりたい!というよりは、ラーメン屋をやっていた友人が辞めてしまうと聞いて、いい腕があるのに勿体無いなと思ったのがきっかけなんです。その友人が『酔と粋』の料理長です。初めは酒の仕入れも何もわからず始めましたが、8年やってきてそれなりにノウハウもついたし、2店舗目を視野に入れ出した頃に、地元の先輩から物件が空くから何かやらないか?って話をいただいたんです。どうしようかな?と考えている時に銭湯でシェフの八巻にバッタリ会ったんです」

rustyjuke名義でDJとしても活躍する八巻さんと、かつてはレゲエのサウンドをやっていた川岡さんは音楽を通じた知り合いだったこともあり、川岡さんは八巻さんの料理人としての腕も信頼していた。銭湯で出会い、話を持ちかけると「それならタコス屋をやりたい」という八巻さんの意見に賛同して話が進むことになった。
川岡さんの元には音楽活動を通した人脈で日本中からミュージシャンや、その友人たちがやって来る。
土地の印象は案内人によって大きく変わる。川岡さんの元を訪ねると、より魅力的な湘南に出会うことができるのだろう。それは、世話焼きで人を信頼している人が出す特有の信頼感が、川岡さんから滲み出ていることからも想像できる。

「せっかく自分の土地に来てくれたのなら楽しんでもらいたいですよね。知らない街に行った時にアテンドしてくれて行った店ってすごく印象に残るじゃないですか。湘南エリアの人が、誰かをアテンドする時に『うちらの街にいいタコス屋があるんだよね』って来てもらう店にしたいんです。自分も他の土地に行ったらよくしてもらうんで、自分の名前を聞いて来てくれた人にはよくしてあげたいし、そういう出会いを大切にしています。人が好きなんでしょうね」
『パラメヒコ』は、タコスやお酒を楽しむだけでなく、川岡さんや八巻さんを通して湘南のカルチャーまでも感じられる空間になっている。例えば、店内を見渡せば平塚出身のNEIM&KUNIによるグラフィティ・ユニット「SHIZENTOMOTEL」のKUNIの作品なども楽しむことができる。

「すでに何度かやっているのですが、店のスペースを使って若いアーティストとかにポップアップや個展やイベントもしてもらいたいんです。社交場のようにも使ってもらえたらいいなと。自分が若い頃はコロナもなかったから飲み会も多かったし、どんどんイベントをやってきたけど、下の世代の子たちはこの数年窮屈な思いをしているからスペースを提供したいんです。やりたいように楽しんでやってくれたらいい。もちろん、自分もやりますけどね」

飲食店の経営、そして歯科医療コーディネートの仕事においても、川岡さんが大切にしている本質の部分は人と人、人と場所を繋ぐことにあるのだろう。

「湘南という土地は、生活スタイルがゆっくりしているだけでなく、人に対して壁をつくることがなく、ウェルカムな人が多いんですよね。だからすぐに人が繋がっていくんだと思うんです。そういうところもこの土地の魅力ですよね」

THE PADDLER PROFILE

川岡喜徳

1986年鎌倉生まれ。歯科医療のコーディネート業をしつつ、2014年に藤沢にダイニングバー『酔と粋』をオープン。2022年5月に鵠沼海岸にタコス屋『パラメヒコ』をオープン。化学調味料不使用で素材にこだわったタコスが話題を呼んでいる。