THE PADDLER 湘南で自分らしく人生を切り拓いてゆく男たちを紹介

THE PADDLER | 058 Mr.Toshiyuki Komori 『KOMOPAN』ベイカー
小森俊幸さん | 鎌倉

湘南には、自分らしく人生を切り拓くために漕ぎ出す男たち=THE PADDLERがいる。
彼らを突き動かすもの、そして、視線の先にあるものは?
INPUTとOUTPUTという二つのワードから、その行動を探る。

Photo: Yumi Saito  Text: Takuro Watanabe Edit: Yu Tokunaga

INPUT
「また食べたいって思わせるパンを狙ってるんです」

自分が暮らす町にお気に入りのパン屋があると幸せになる。焼きたてのパンの匂いに包まれながら、今日は何を買おうかと選んでいる時の気分は最高だ。今の時代、たいていのものはオンラインで買えて、全国のものを取り寄せることができるのだが、パンほど店頭で買うことに意味があるものもないのではないか。

「KOMO はハワイの言葉で“集まる”っていう意味を持つんです。仲間が集まるみたいな意味。そんな感じで人が集まってくれるパン屋になったらいいなと思っています」

2020年の8月にオープンして以来、人が集まり続けている鎌倉・腰越の『KOMOPAN』オーナーの小森俊幸さんが店名の意味を教えてくれた。「ベーカリー」でも「ブーランジェリー」でもなく、親しみやすい「パン」を店名に掲げているところに、小森さんの目指す店のスタンスが表れているのではないか。

「また食べたいって思わせるパンを狙ってるんです。寿司でいうと大トロじゃなくてマグロの赤身という感じでしょうか。めちゃ美味いな、っていうパンももちろん作ることはできます。でも、ぼくは食べ終わったときに『美味しかった、また食べたい』って思ってもらえるところを目指していて、その微妙なラインを意識しているんです」↙︎
まさに、そこが『KOMOPAN』の魅力なのだ。とても食べやすいのにものすごく印象的。こだわりが強く、エッジを効かせすぎた感のあるパンも世の中に多い中、『KOMOPAN』の魅力は小森さんが言う「微妙なライン」を見事に表現している味。パン作りを突き詰めて追求に追求を重ねた末にたどり着いた、毎日食べられるけれど印象的なパン。

「 パンって正解がないんですよ。小麦粉と発酵の組み合わせは無限大なんです。定番のパンでも全部微調整していて、その繰り返しなんです。小麦も産地によって味が全然違うし、味を決める発酵も常に安定することはありません。だからこそ本当に面白い作業です。常に美味しさを求めていて、まだ満足していません」

パンについて語る時の小森さんは、心の底から楽しそうな顔をする。まさにパンに魅せられているパン職人。子どもの頃からお母さんがよくパンを買ってきていた影響で好きになり、高校卒業後はパンの専門学校へ。厳しい世界のため、同級生のほとんどがパンから離れていく中、ベイカーとしてのキャリアを重ねていく。

「専門学校卒業後に大阪の『パンデュース』という店で修行していたんです。宝石のように美しい野菜のパンでとても有名な店。当時はとてもめずらしかったスタイルですね。全国のいろんなパン屋をめぐる中で、店に入った瞬間に『ここで働きたい』と思って、その日のうちに電話しました。そこから3年間学ばせてもらい、店で出会った奥さんと一緒にこっちに来ようという話しになりました」。↙︎

OUTPUT
「農家さんにストーリーを聞くことで小麦の一粒一粒を大切にしようと思えるんです」

大阪での修行を終え、生まれ育った町へ。横須賀でオーナーと共に『soil』という店を立ち上げる。

「Soilは土って意味なんですけど、横須賀の土壌でできた野菜を使うパン屋をやりたかったんです。自分が持っている力を最大限使いたくて、全力でやりました。でも、こだわりすぎたし、手間をかけすぎちゃって家に帰れないくらいになってしまったんです。パンを焼くだけじゃなく、野菜に対しても力を注ぎすぎたんですね。なので、自分の店をやるときには野菜のパンは封印しようと思いました」

『KOMOPAN』を開店してからは、野菜のパンは割合を減らし、パンそのものの味にもっとフォーカスするようになった。小麦にこだわるようになり、現在では12種類の国産小麦のみを使って常時70〜80種類のパンを作る。

「小麦をブレンドして風味、味、食感を狙ったところに持っていく作業に興味があって、そちらに切り替えました。これもなかなか大変ですけどね(笑)。小規模農家さんの小麦は粒のまましか仕入れられなかったりするので、自分で石臼で挽いて製粉もしています。国産小麦っていろんな品種があって北海道から九州まで産地によって全然味も風味も違うんです。それが面白くて、農家さんには直接足を運んでいます。コミュニケーションをとりたいんですよね。ストーリーを聞くことで一粒一粒を大切にしようと思えるんです」↙︎
開店間も無くして、噂を呼んですぐに人気店になった『KOMOPAN』には、地元の人を中心にして湘南中、全国からも人が訪れる。鎌倉エリアへの出店はずっと昔から頭にあったそうだ。

「 学生の頃からこっちで店を出したいと思っていました。横須賀で暮らしていた中学生の頃から、葉山の御用邸の方とかに泳ぎに来てたりして、その時から葉山、逗子、鎌倉のエリアが好きだったんです。お店のコンセプトはハワイの田舎町風にしたいという奥さんの案なんです。2人とも『ホノカアボーイ』というハワイを舞台にした映画が大好きで、その空気感でやりたいってなって。もちろん賛成しました」

海岸線から内陸に少し入ったところにある、のんびりとした腰越の空気感とも相性のいい、店舗に流れるメローなムード。それはパンの味にもリンクする。誰もが笑顔になって、また食べたくなる味。土地のもつ空気感と味がマッチしていることの大切さ気づかせてくれるのだ。↙︎
「腰越について最初は知らなかったけど、めちゃめちゃいい街なんですよ。裏の川では蛍が飛んだりして子どもも喜んでますし、すぐに好きになりました。このエリアの人は生活を楽しんでいる感じがします。ぼくは朝にランニングするんですけど、楽しそうにサーフィンする人とかを見るのも好きですね。ゆったりと暮らしている人が多いのも、うちの店のテーマにもあっている気がします。鎌倉に来て思ったのは、サワードゥ がよく売れること。サワードゥは一番シンプルでもあり一番難しいパンで、うちの軸となるパンなんです。だから、それがよく売れるのは作っているほうとしては嬉しいですね。皆さんパンの楽しみ方をよく知ってるなあと思います。こちらも嬉しいですよね」

『KOMOPAN』の美味しさの秘密の大きな部分は、小森さんが誰よりもパン作りを楽しんでいることにあるのだとよくわかった。話を聞いていると、店に並んでいるどのパンも食べたくなってしまう。

「パン屋になりたいと思った高校生の頃からずっとスタンスがブレていないんですよね。パン職人は天職だと思います。でも、パンのこと以外知らないんですけどね(笑)」

THE PADDLER PROFILE

小森俊幸

1986年横須賀生まれ。幼少期よりパンに親しみ、高校生の時にパン職人になることを志す。専門学校卒業後、大阪『パンデュース』での修行を経て、2016年にシェフとして参加し横須賀に『soil』を立ち上げる。2020年8月に自身の店『KOMOPAN』を開店。全国から注目を集めている。