THE PADDLER 湘南で自分らしく人生を切り拓いてゆく男たちを紹介

THE PADDLER | 051 Mr.Toshihiro Hayashi はやし養蜂
林寿裕さん | 逗子

湘南には、自分らしく人生を切り拓くために漕ぎ出す男たち=THE PADDLERがいる。
彼らを突き動かすもの、そして、視線の先にあるものは?
INPUTとOUTPUTという二つのワードから、その行動を探る。

Photo: Yumi Saito  Text: Paddler

INPUT
「ニュージーランドで暮らしていた フィティアンガという街にとても似ていたんです」

逗子・桜山には「長柄桜山古墳群」を有する自然豊かな里山がある。住宅地のすぐ裏手にある山道を少し登った街と海を見晴らす高台に、ミツバチの巣箱が並び、ハチたちの姿が見えてくる。

「今はセイヨウミツバチが8箱、ニホンミツバチが1箱ですね」

逗子エリアで唯一の養蜂家・林寿裕さんがこの地で養蜂を始めたのは2016年。日本でも有数の養蜂が盛んな地、岐阜県土岐市で養蜂家をしていた伯父さんから譲ってもらったひとつの巣箱からスタートした。伯父さんの養蜂業は子どもの頃から見てはきたが、興味が湧いたことはなかった。そんな林さんの心に変化が訪れたのは、ワーキングホリデーでそれぞれ1年ずつを過ごしたオーストラリアとニュージーランドでの生活だった。

「サーフィン目的の滞在でした。でも、オーストラリアとニュージーランドの大自然に触れているうちに、自然と共に生きる生活に惹かれてしまったんです。名古屋の都市部に生まれ育ったのですが、日本に帰って来た時、ビルばかりの風景に気分が落ちてしまいました。そんなこともあって、週末は伯父さんのところに通うようになったんです」

二度目のワーキングホリデーで滞在したニュージーランドで出会った奥さんと一緒に名古屋で暮らし、週末は岐阜で養蜂を手伝うという暮らしを送っていたが、長男の誕生を機に、奥さんの地元である逗子への移住を決めた。

「海も山もあって楽しそうだなと思ったくらいで、逗子という街のことはまったくと言っていいほど知りませんでした。そうしたら、私がニュージーランドで暮らしていたフィティアンガという街にとても似ていたんです。街にスーパーが一軒しかなくて、街を歩けば誰か知り合いに会う、必要なものだけがあればいいというその街のことが心の中にずっと残っていたこともあって、フィティアンガに似た逗子は、すぐに好きになりましたね」

逗子に移住後は造園の仕事をしていたのだが、心のどこかには養蜂に対する思いが常にあった。そんな時に奥さん方の親戚が山を所有していることを知る。そんな出会いがあって、『はやし養蜂』が始まった。↙︎

OUTPUT
「蜂蜜を取ることが大事なんじゃなくて、ミツバチを守ることが大事なんです」

ミツバチの行動範囲は半径およそ3キロ。周囲に養蜂家もおらず、農薬の問題がある大規模農家やゴルフ場もなかったことなど、養蜂をするには素晴らしい環境が整っていた。だが、はじめからそんなに上手くいくわけではなかった。

「最初の失敗はタイワンリスの被害ですね。彼らが巣箱をかじって大穴をあけてしまい、温度が下がってミツバチがみんな凍死してしまったんです。岐阜にはタイワンリスはいなかったので未知のトラブルでした。でも、それは彼らの食料を私が奪ってしまっていたことが原因なんです」

この経験が環境についての意識の芽生えとなった。1年目の冬、巣箱近くにある柚子の木に生っていた柚子をすべて摂ってしまったことで食料がなくなったタイワンリスはミツバチの巣箱を狙うしかなくなってしまったのだ。それに気づき、次の年はタイワンリスたちの分も残しておくと、巣箱への被害はなくなったという。

「養蜂を通して環境に目を向けることができます。蜂蜜を取ることが大事なんじゃなくて、ミツバチを守ることが大事なんですね。たった1センチぐらいの生き物ですが、蜂蜜も生み出してくれますし、花の受粉の手助けもしている、自然界になくてはならない存在である彼らを守っていくのが養蜂なのではないでしょうか。ミツバチがいなくなったら人類は7年、8年で滅びるというぐらいの存在なんです。彼らがいなくなったら、私たちがふだん食べている野菜や果物も食べられなくなってしまうのでしょう。すべてが繋がっているんです」↙︎
蜂蜜は本来、ミツバチたちが越冬するための保存食だ。林さんはその蜂蜜を摂りすぎないようにしている。蜂蜜を絞りきってしまい、冬の間は砂糖水を与える養蜂家もいる。だが、本来必要な栄養素ではないものを与えられ、砂糖水を与える時には冬の寒い中に巣箱を開けることになる(冬の間ハチたちは越冬のために巣箱の中を30℃ほどの温度に保つ)ので、それはハチたちにとって大きなストレスがかかることは容易に想像できる。林さんの管理の下、ストレスなく活動しているハチたちの蜂蜜がおいしくないわけがない。逗子の里山に咲くあらゆる花から集められた『はやし養蜂』の非加熱の蜂蜜は逗子の味そのものだ。

海外での暮らしを経て縁があって出会い、好きになった街で、林さんは養蜂をしながら、環境を守っている。

【インフォメーション】
林さんの蜂蜜は『はやし養蜂』ウェブサイトのオンラインショップのほかにも、逗子『AMIGO MARKET』、『凛花』、鎌倉『ippin』などのショップでも購入することができる。詳しくは『はやし養蜂』ウェブサイトhttps://www.hayashi-youhou.com。

THE PADDLER PROFILE

林寿裕

『はやし養蜂』代表。2016年から逗子で養蜂を始める。
逗子の自然をフィールドにする一般社団法人「そっか」の活動にも参加し、子どもたちの遊び場をつくっている。