THE PADDLER 湘南で自分らしく人生を切り拓いてゆく男たちを紹介

THE PADDLER | 048 Mr.Tomokazu Sakurai 『WEND』代表
櫻井智和さん | 二宮

湘南には、自分らしく人生を切り拓くために漕ぎ出す男たち=THE PADDLERがいる。
彼らを突き動かすもの、そして、視線の先にあるものは?
INPUTとOUTPUTという二つのワードから、その行動を探る。

Photo: Yumi Saito  Text: Takuro Watanabe Edit: Yu Tokunaga

INPUT
「僕は木工作家じゃなくて、家具屋なんです」

「物件を見た時に『ああここだ』と思ったんです」

西湘エリア、二宮にアトリエがある家具ブランド『WEND』の櫻井智和さん。『WEND』に訪れたなら、誰もが「あ、いいな」と感じるに違いない。スーパーマーケットだった約70坪の平屋物件を自分の手で改装してつくり上げた、アトリエと住居スペース。そこに流れる空気に心が躍るのだ。

この物件に出会ったときに直感が働いたという櫻井さん。でも、初めから二宮を選んで来たわけではなかった。

「独立するなら関東にしようと思い、10日間くらい車中泊で物件を探していたんですよ。でも東京周辺は家賃が高すぎて、徐々に離れていって、ここにたどり着いたんです」

独立前の当時は、大阪で奥さんとふたりで暮らしていたため、まずはひとりで二宮にやって来て、アトリエづくりからはじめた。

「奥さんを呼べるまでに、半年かかりましたね。元がスーパーだったんでライフラインが何もない状態からのスタートです。リフォームは全て自分でやると決めてはじめたんですが、なかなか悲惨な状況でしたよ(笑)。それでも、自分でやってみようと思ったのは、将来的に、中古物件を買い、リフォームして貸すという事業をしたいんですけど、知識がなくては職人さんに指示ができないから、というのが理由です」↙︎
そうして、3年前にこの場所での家具制作が始まった。櫻井さんのつくる家具は、しなやかで美しい線なのだが、気取りがない。日々の暮らしの中でずっと付き合っていきたいと思わせる家具だ。

「僕は木工作家じゃなくて、家具屋なんです。家具って使ってこそですから、傷とかへこみとかを気にしないでどんどん使ってほしいです。大切な要素である実用性はもちろんありつつ、線の細いものが好きですね」

そこに、家具に求めるすべてがあるように思う。使ってこその家具。だが、頑丈であればいいわけではない。装飾的な美しさではなく、実用的でありつつ、削ぎ落としていき美しく仕上げる。

「ほとんどの素材がナラとホワイト・オーク。何より木目が好きですね。木の表情が魅力なので、節とか傷も活かしてつくることが多いんです。
僕はなんでも斜め後ろから見たフォルムが好きなんですけど、椅子は特に斜め後ろから見たフォルムを大事にしています。椅子ってテーブルに入れているときは背中が見えていますから」

櫻井さんと話していると、木という素材、そして家具への愛情が伝わってくる。そして、それは家具が発する雰囲気にしっかりと現れている。↙︎

OUTPUT
「誰かに任せるのではなくて、すべて自分ひとりでつくりたいんです」

岡山県の自然豊かな土地で生まれ育った。でも、それが木工家具職人を志すことにそのまま結びつくわけではない。

「地元を離れようと思って出た兵庫で内装職についたんですよ。その時、大工のおじいちゃんと出会ったんですが、彼がものすごくカッコよく見えたんです。この人みたいになりたい。そう思って岡山に戻り、津山の訓練校で木工、家具づくりを学びました」

大工に憧れ木に触れようと思ったが、家づくりではなく、家具をつくるということは最初から決めていたという。

「家っていろんな人が関わりますよね。でも、僕は自分ひとりで完結するほうがよかった」

訓練校を卒業後に大阪の家具ブランドで働き始め、家具づくりに向き合うこととなる。そこで、師匠と仰ぐ、キャリア50年の椅子職人に出会ったことが、櫻井さんが、家具の中でも特に椅子へのこだわりを持つきっかけとなった。

8年の大阪時代を経て独立。それはずっと考え、準備をしていたそうだ。

「どこかに属して、その一員として家具をつくるのが嫌だったんです。誰かに任せるのではなくて、すべて自分ひとりでつくりたいんです。
そうしないと、せっかく来てくれたお客さんに胸を張れなくなる気がするんですよね。古臭い人間なんですよ(笑)」

職人気質。
それに尽きるような思考と行動なのだが、この「職人気質」という字面から想像するような堅苦しさや、取っ付きにくさみたいなものは櫻井さんには感じない。楽しんで制作していることことが、溢れ出ているからなのだろう。↙︎
休みなく、家具に真っ直ぐに向き合う櫻井さんには、あまり余分な時間はない。昨年は10 日ほどしか休まなかったそうだ。忙しく、ほとんどの時間をアトリエで過ごす中でも、二宮という土地には親しみを感じているそうだ。

「二宮もそうですけど、10代の頃に住んでいた神戸も、北を向いたら山があって、南には海。そういうロケーションが好きなのかもしれません。どっちにも行ける、ほどよい環境というか。二宮にはおもしろい人たちが多いんですよ。人に救われましたね。でも、初めは人の冷たさにものすごいカルチャーショックを受けました。それまで人との距離がめっちゃ近い、大阪にいたからなんですけどね(笑)」

櫻井さんがこの場所に出会ったのも何かの縁。アトリエを設え、家具制作を初めて3年。生活も落ち着き、制作環境が整って来た頃なのではないだろうか。

「ブランド名の『WEND』は“go”の古い言い方なんですけど、徘徊とか、ゆっくり進む、という意味あいを持っていて、この“ゆっくり進む”という表現が好きなんです」

その“ゆっくり”は手を抜かず、熱量とともに家具作りに向き合うことから生まれる、決して近道をすることがない、密度の濃い“ゆっくり”だ。そんな櫻井さんがつくる家具とは、長い時間をかけてゆっくりと付き合ってみたい。

THE PADDLER PROFILE

櫻井智和

2017年に家具ブランド『WEND』を立ち上げる。元スーパーマーケットだった物件を改装したアトリエで、オリジナルの家具を制作している。