THE PADDLER 湘南で自分らしく人生を切り拓いてゆく男たちを紹介

THE PADDLER | 032 Mr.Norihito Suzuki ハコネマウンテンリッパー主宰 鈴木教仁さん| 箱根・仙石原

湘南には、自分らしく人生を切り拓くために漕ぎ出す男たち=THE PADDLERがいる。
彼らを突き動かすもの、そして、視線の先にあるものは?
INPUTとOUTPUTという二つのワードから、その行動を探る。

Photo: Koki Saito  Text: Takuro Watanabe

INPUT
「この土地の自然の魅力に気づいたのは海外に出ている時だったんです」

湘南エリアに暮らしていてよかったと思えることは人それぞれいくつもあると思うが、「箱根があってよかった」という意見に反対する人は少ないのではないか。それだけ湘南エリアの人のみならず、神奈川に暮らす人にとって箱根という土地の存在は大きい。その理由は言うまでもなく、まずは温泉。奈良時代の開湯に始まって、江戸時代後期には温泉保養地となり発展を続け、現在まで東日本を代表する温泉地として栄えてきた。

相模湾から須雲川に沿って金時山方面に車で進むと、すぐに山あいの風景に包まれる。潮の香りのする海岸沿いから来ると、あたりに漂う香りが徐々に山のものに変わるのだが、その変化で「ああ、箱根に入ったな」と感じるのだ。この山の自然こそ、温泉に並ぶ、箱根のもう一つの大きな魅力だろう。

「負けてないな、と思いましたね。若い頃からサーフィンでオーストラリアによく通っていたのですが、15年前のある時期、向こうで怪我をして海に入れない日々があって、山のアウトドアツアーやエコツアーに参加していたのですが、オーストラリアの大自然に驚きながらも、あれ? 地元・箱根の自然も負けてないな、と感じたんです」

箱根でマウンテンバイクとハイキングのツアーを行う「ハコネマウンテンリッパー」の鈴木教仁(のりひと)さんが、オーストラリアをはじめ、海外で参加したアウトドアツアーにヒントを得て「ハコネマウンテンリッパー」をスタートしたのは2009年。その当時、箱根でアウトドアツアーを行っている人はいなかったそうだ。

「会社を立ち上げるまで、準備に5年くらいをかけました。箱根出身なんですが、あらためて土地に入り込んで地元の人との関係をつくるなど、土台づくりからはじめました。ツアーの内容についても手探りでしたね。観光客の行動を研究したりして、じっくり考え練り上げたんです」

研究を重ね、現在は6つのツアーを用意している。フィールドの中心となるのは箱根の仙石原エリア。箱根カルデラ内部の北側に位置し、ススキの草原や湿原が広がる、箱根の中でも特に自然の残るエリアだ。海側から来た際の箱根の玄関口で土産物屋が立ち並ぶ湯本エリアを通り、風情ある温泉宿の点在に歴史を感じる宮ノ下エリアを抜け、さらに標高を上げていった先に仙石原エリアがある。この辺りまで来ると、同じ箱根といってもその印象はまったく異なり、自然の印象が強くなってくる。

「仙石原は別荘地だから箱根の中でも特にゆったりした環境ですね。そして大自然があります。でも、この土地の魅力に気づいたのは海外に出ている時だったんです。若い頃はとにかく海にばかり意識がいっていたので、家も職場も箱根にあったのに、この土地は素通り状態(笑)、まったくと言っていいほど、この山の自然に意識が向いていなかったんです」↙︎

OUTPUT
「1番のオススメは初夏、梅雨明けの頃ですね。その時期、森が大きく変わるんです」

仙石原で生まれ、箱根の自然の中を走り回って育った。だが、両親と共に運営をしていた保養所の仕事についていた20代から30代にかけては、とにかく海に通っていたこともあり当たり前の存在になっていた地元の魅力。それにあらためて気づいた時、ビジョンが広がり、アイデアが次々に湧いてきたのだろう。

今年で10年目を迎えた「ハコネマウンテンリッパー」には予約の連絡が後を絶たない。1年前から鈴木さんのツアーを予約する外国からのリピーターもいるほどだ。「ハコネマウンテンリッパー」の噂を聞いて、ほかの土地でアウトドアツアーをする人が視察に来るようにもなった。鈴木さんはそんな人たちには惜しむことなく、情報を提供するのだという。鈴木さんの行動は、箱根という土地全体の魅力を高めるという方向にも向いている。

「箱根は魅力的な土地ですけど、もっと良くなれると思うんです。そのためには地元の人が頑張らないといけないんです」

鈴木さんが今取り組んでいるのは「ハコネマウンテンリッパー」のベースとなるショップづくり。仙石原にある自宅を改装して、カフェスペースを併設したアウトドア・グッズのセレクトショップになる予定だ。訪れた人は、箱根のフィールドについての情報も得ることができるだろう。コーヒーを飲みながら、どのツアーに参加するか、ゆっくり考えるのもいい。

「1番のオススメは初夏、梅雨明けの頃ですね。その時期、森が大きく変わるんです。匂いとか、体に空気がまとわりつく感じとか、それが気持ちいいんですよ。そんなムードもお客さんと共有したいですね」

そう語る鈴木さんは本当に嬉しそうだ。毎日、ツアーの有無に関係なく、朝、昼、夕の3回、必ずフィールドに出るのだという。それは路面状況などの安全面のチェックを兼ねてもいるが、なにより仙石原の自然が好きなのだというのが伝わってくる。

「この土地が好きですね。箱根の中でも他にはあまり興味ないというぐらい仙石原が好きなんです。だからこの土地をもっと盛り上げないといけないと思っています」

THE PADDLER PROFILE

鈴木教仁

「ハコネマウンテンリッパー」主宰。生まれ育った箱根をフィールドにマウンテンバイクやハイキングのツアーを実施している。
近々、カフェを併設したショップが完成予定。アウトドアウェアブランド「patagonia」プロセールスプログラム登録ガイド。