THE PADDLER 湘南で自分らしく人生を切り拓いてゆく男たちを紹介

THE PADDLER | 027 Mr. Nobuyuki Hamano 浜野水産 湘南丸 浜野展行さん|藤沢

湘南には、自分らしく人生を切り拓くために漕ぎ出す男たち=THE PADDLERがいる。
彼らを突き動かすもの、そして、視線の先にあるものは?
INPUTとOUTPUTという二つのワードから、その行動を探る。

Photo: Koki Saito  Text: Paddler

INPUT
「自分たちが獲った魚だから大切にする。だから、うまい」

よく日焼けした肌に屈強な体つきをした浜野展行さん。いかにも「海の男」という剛直な空気をまとっているが、時折、白い歯を見せる笑顔が人懐こさを感じさせる。浜野さんは、片瀬海岸で代々シラス漁を営む浜野水産の4代目。湘南の“食”の代名詞ともいえるシラスを相模湾から、一家総出で食卓に届けている。

「湘南のシラスはうまい。というか鮮度がすごくいい。獲るのはもちろん、釜ゆでして干してパックするというのを全部自分たちでやるから」

他の地域のシラス漁は分業制がほとんど。水揚げされたら、市場で加工業者に卸されて、全国のスーパーや鮮魚店に流通される。それだけ時間もコストもかかる。

「うちだったら海で泳いでいるやつをゆでて、『釜揚げしらす』として店で売られるものにするまでに、1時間半ぐらいあれば仕上がっちゃうから」

漁から加工、販売まで、すべてを担うだけに、シラスの味を左右するのも漁師の腕。

「大切にするじゃないですか、自分たちの魚だから。網元によって仕上がりや味が全然違う。氷漬けの仕方とか、ゆで方、塩分の濃度とかはそれぞれ」

 近隣にはシラス漁の網元が9軒あり、凌ぎを削っている。「どこも自分の所が一番と思っている」だけあって、それぞれにひいきの客がいる。取材中も、浜野水産の店先には近所の常連が次々と訪れ、客足が途絶えることがない。

冬場の休漁以外は、毎朝、日の出とともに海に出る。日によっては3度も漁に向かうことも。休みをとることもままならい。

「毎朝、ゼロからのスタートじゃないですか。他のお店では『今日たくさん獲れましたよ』ってあるけど、うちでは『いや、獲れなかった。何もないです』とかもありえる。毎朝がそういう勝負。当然、別に休みなんかほしいとも思わない。看板を背負ってやっているから。週2日とか休んでいたら、海の状況がわからなくなっちゃう。毎日海と対話しながらやらなきゃいけないから」↙︎

OUTPUT
「シラス漁を子どもたちに伝えたい。一緒に船に乗れたら幸せ」

浜野さんに、江の島片瀬漁港に停泊している漁船に案内してもらった。船の名前は「第一湘南丸」。排水量は10トン。シラス漁の漁船では大型の部類に入るという。漁には父親や親せき、5人で海に出る。冬場の休漁の時期には自分たちの手で、船の手入れをする。この道に入って8年、船の上の浜野さんは、さすがに輝きを増す。だが、この仕事を一生やってきたいと思えるようになったのは、ここ最近だと吐露する。実は浜野さんは元プロサーファーという異色の経歴を持つのだ。

「波乗りを始めたのは小学校の頃。夏場は漁や加工でみんな忙しいから遊んでもらえる人がいない。伯父が海の家をやっていたので、しょっちゅう海に遊びに行って。ボディボードを貸してもらって波に乗ったりして。サーフィンをちゃんとやるようになったのは中学生くらい。で、どんどんハマりだして……」

通った高校は、湘南でも有数のサーフスポットが目と鼻の先。先生から「あれ、浜野、今日波あるから早退するんだろ?」と言われることも。

高校卒業後は何となく漁師になろうと思っていたが、親から「そのまま漁師になるのもいいけど、目的がなくても大学に行けば何か得られるんじゃないの?」とすすめられて大学に進学。勉強はよそに海外へサーフトリップに行ったりとサーフィン三昧の学生生活を送った。で、単位が足らず、留年が早々と決定。

「さすがに波乗りを何かカタチにしたい」と、プロトライアルにチャレンジして狭き門であるプロサーファーの資格を取得した。↙︎
だが、プロサーファーの世界は厳しい。コンテストの賞金だけで生計を立てられるのはひと握り。ほとんどのプロが副業をしながら活動をしている。浜野さんも、大学を卒業後、漁師とプロサーファーを両立させようとしたが……。

「漁がなくて時間がある時は結構調子がよくなるけど、忙しいと下手クソになって、満足がいく波乗りをキープすることすら難しかった」

やがて浜野さんはプロサーファーの世界から距離を置き、漁に専念するようになった。とは言っても、決して漁業をやりたかったからではない。「流れ」に身を任せたに他ならなかった。幼少のころから、漠然と頭の片隅にあった家業を継ぐということに従ったのだ。

「サーフィンがめちゃくちゃ上手くて世界で勝てる、とかだったらまだ違うかもしれないけど、そんなわけもないし。だから自然と流れで……」

「仕事が全然楽しくなかった」と言う浜野さん。おそらくシラス漁は一生やっていくことになる。だったら、楽しんでやらなければ損と、無理やり楽しく思うようにしてみた。だが、しっくりこない。船に乗っている父親や祖父の兄弟は実に楽しそうに働いている。「何でこうも楽しそうなのかな、同じことやっているのに」とずっと自問していた。

転機が訪れたのは、昨年末のことだ。父親が船の上で病に倒れたのだ。幸い命に別条はなかったが、代わりに浜野さんが船のかじを取ることになった。かじ取り役の船頭は重責を負う。操船はもとより、いかにシラスの群れを見つけるかが求められる。ソナーや魚探など機械の力も借りるが、「ここにいるだろうな」という勘が頼りになる。シラスだけでなく人間も勝負相手だ。他の漁船とも凌ぎを削らなければならない。

「『今日はこれぐらい入るだろうな』と思って、入った時がうれしいし楽しい。本当にすごくおもしろい。経験はまだ浅いし、これから場数を踏んでいかなければならないけど、『一生できる』と思えるようになった」

「第一湘南丸」を目前に、浜野さんは夢を語る。

「自分がようやく漁の楽しさを感じられれるようになってきた。その楽しさをやっぱり自分の息子にも伝えたい。家族で一つの船で漁をして、その喜びを分かち合ってみたい。親せきやみんなで『よっしゃ!』って言えたら、多分すごく幸せじゃないかな」

THE PADDLER PROFILE

浜野展行

1986年神奈川県生まれ。大学卒業後、サーフィンのプロトライアルに合格し、日本プロサーフィン連盟認定のプロロングボーダーに。
藤沢市片瀬の「浜野水産」の4代目として、家業のシラス漁に従事する。家族は奥さんの麻里子さん、長男・喜一朗くん、次男・晟次くん。