THE PADDLER 湘南で自分らしく人生を切り拓いてゆく男たちを紹介

THE PADDLER | 026 Mr. Kai Kato オリーブ・西洋野菜農家 加藤かいさん|南足柄

湘南には、自分らしく人生を切り拓くために漕ぎ出す男たち=THE PADDLERがいる。
彼らを突き動かすもの、そして、視線の先にあるものは?
INPUTとOUTPUTという二つのワードから、その行動を探る。

Photo: Yumi Saito  Text: Takuro Watanabe

INPUT
「農業を始めたかったわけではなく、 オリーブオイルを作りたくて農業を始めたんです」

国産オリーブオイルと聞いて思い浮かべる土地といったら瀬戸内海の小豆島だろうか。1908年に明治政府の主導によって香川、三重、鹿児島の3県でオリーブ栽培は始まった。その結果、小豆島だけが成功して産地となり、島の取り組みとしてオリーブオイル生産が行われてきたが、それ以外の土地では産業としては発展してこなかった。

しかし、ここ数年、新規でオリーブ栽培に取り組む生産者が日本各地で出てきているという動きがある。この湘南エリアでもオリーブに魅了され、日々オリーブに向き合う人がいた。

「オリーブは結果が出るのに時間がかかりますからね。結果が出ていない世界に入っていくの難しいじゃないですか。だから農業をやってきた人は手を出さないんです。オリーブ農家は新規就農者がほとんどですよ」

「Green Basket Japan」代表の加藤かいさんは、父親が植えたオリーブ畑を受け継ぐ形で2017年からオリーブ栽培をスタート。

先の加藤さんの言葉の通り、オリーブオイルを取り巻く環境は優しいものではないようで、それなりの収益を上げようと思ったら、例えば必要とする農地においても、落葉果樹の10倍近くの面積を必要とするそうだ。エクストラバージンオイルの搾油率は約5%。100キログラムのオリーブからできる製品はたったの5リットルということだ。そのほかにも気候条件など、難題が多いオリーブ栽培。それでも加藤さんはオリーブにこだわり、取り組んでいる。

「農業を始めたかったわけではなく、オリーブオイルを作りたくて農業を始めたんです。でも、オリーブをやると言ったら、農業大学でも皆に反対されましたし、修業させていただいた小豆島のオリーブ農家さんにも『止めておいたほうがいい』と言われましたね。それでも始めました。昔からゴールが見えていることにはあまり魅力を感じないんですよね」

小学生の頃から打ち込み、大学まで続けたというラグビーが闘争心に溢れる加藤さんの礎を築いたことに疑いはなさそうだ。大学卒業後に、システム管理の会社を立ち上げたのだが、その時も周囲の猛反対を受けたという。それでも会社を立ち上げ、9年間続けてきた。

そんな加藤さんがオリーブの世界に入るきっかけは、小田原でイタリア料理店を経営していた両親の影響が大きい。

「子どもの頃からオリーブオイルが食卓に出てくる環境でした。8年前、父親が家の農地に12本のオリーブの木を植えたんです。次の年にはさらに100本植えました。初めはシステム管理の仕事をしながら週末に手伝う程度だったんですが、ある時、家族が海外に行く際にオリーブの世話を任されたんです。その時にオリーブ栽培のおもしろさに気づきました。天候や病害虫への対応など、うまくいかないことがたくさんあったのです」

その数日間が、加藤さんとオリーブの本当の出会いとなり、オリーブオイル作りに取り組むことを決意する。システム管理会社を整理すると、農業大学に入学して農業の基礎から学んだ。卒業後に小豆島の高尾農園に師事し、2017年にオリーブ農家として歩み出した。

「うまくいかないこと」にこそやりがいを見いだす加藤さん。それは自身の作るオリーブオイルの目標も同様で、目指しているのは、世界で認められるオリーブオイル。

「日本は国際的なオリーブオイルの機関に属していないから、基準がないようなものなんです。だから、国際的な品質水準をクリアしていかないと何も意味がないと思っています」↙︎

OUTPUT
「湘南にオリーブの栽培が根付くかどうかは、 1世代でわかるようなものではないですね」

昨年秋に搾ったオリーブオイルを味わせてもらった。程よい辛味と青さを感じる、フレッシュな味だ。そんな感想を伝えると、「その辛味や苦味がポリフェノールの成分がなせる味なんです。これが強く出るのが世界では良しとされていて、このオイルはそれがまだ弱いほうです。私のオイルだと一番上の『インテンス(ストロング)』というクラスにはまだまだ出すことができません」

とてもおいしいオリーブオイルだと思ったが、加藤さんの理想とする味にはたどりついていないようだ。それでも、加藤さんのオリーブオイルは世界に認められてきている。2018年に作った初めてのオイル「Any Varieties Blend」は、ニューヨークで行われた「The NYIOOC World Olive Oil Competition 2018」では銀賞を受賞し、世界ベスト500のオリーブオイルを紹介するイタリアのオリーブオイルガイドブック『Flosolei2019』に掲載されたのだ。それでも、加藤さんもっともっと上を目指している。

「世界のコンテストでウケがいいのは辛味と苦味のある味ですが、日本料理には合うとは言えません。日本料理に合うのはもっとマイルドなオリーブオイルなんです。そんなオリーブオイルにも興味はあります。身体と土地は切り離すことができないという意味の『身土不二』という言葉がありますが、これは農業をやる上で私がとても大切にしていることです。自分の暮らす土地の旬のものを身体に摂り入れるのが一番良いはずですよね。オリーブもほかの野菜も、手を加えず自然に育てることで、自然とその土地に合う味になっていくはずです。その考えで作った日本の料理に合うオリーブオイルというのも良いと思いますし、やってみたい。でも、それは世界的な水準をクリアしてから先の話だと思っています」

身土不二の考えのもと、加藤さんはオリーブのほかに、オリーブオイルに合う野菜作りもしている。農薬や天然物系資材を使用せずに育てられた野菜は、毎週土曜日に東京・青山で開催されている「青山ファーマーズマーケット」で販売され、評判を得ている。そこで出会った料理関係者などを中心とした顧客が、毎週のように畑を見学しにやってくるそうだ。

「私が作るような野菜を必要としてくれているレストランなどが多い東京に近いということは、湘南エリアの圧倒的な強みだと思います。だからこそ、この土地で農業で成功する、そして農業はかっこいいんだということを自分たちが見せていかないと、農業の未来はないと思うんです」↙︎
「農業の未来」。この言葉を加藤さんは取材中に何度も口にした。オリーブ栽培、オリーブオイル生産は長い時間を必要とする。例えば新しい苗木を植えたとして、その樹が土地に順応して良い実りをもたらすかどうか、答えが出るのは5年ほどは先のことだ。湘南のオリーブオイルの未来がどうなるか、その答えが出るのはずっと先のことにはなるだろう。

「湘南にオリーブの栽培が根付くかどうかは、一世代でわかるようなものではないですね。結果がわかる頃には、私はこの世にいないでしょう。でも、それでいいんです。日本のワインもかつてはそうでした。日本では無理だと言われ続けてきたけれど、先人たちの挑戦と努力によって、今では日本各地で世界でも認められているワインが作られています。オリーブも必ずそうなっていくはずだと信じています」

大学卒業後に会社を立ち上げた際も、周囲にはできるわけがないと言われ続けたが、その言葉をはねのけて会社をしっかり軌道に乗せてきた。そして、オリーブ栽培をスタートした今も、できるわけがないと言われ続けている。その声をはねのけられるかどうか、それはこの数年ではわからないかもしれないが、加藤さんは強い信念を元に研究を重ね、着々と前に進んでいる。

この4月には、昨年も出品したニューヨークの品評会の結果が出てくる。さらに現在、IOC(インターナショナル・オリーブ・カウンシル)が定めるエクストラヴァージンの認証が取れるイタリアの検査機関にも、オリーブオイルを送っていて、返事を待っているのだそうだ。その認証の返事が届いた時が、加藤さんのオリーブオイルが、世界基準のエクストラヴァージンオイルになる日ということだ。

THE PADDLER PROFILE

加藤かい

オリーブ・西洋野菜農家。Green Basket Japan代表。
システム管理会社の経営を経て、父親が植えたオリーブの樹を受け継ぐ形で2017年に就農。
オリーブ栽培と西洋野菜作りに向き合っている。