THE PADDLER 湘南で自分らしく人生を切り拓いてゆく男たちを紹介

THE PADDLER | 057 Mr.Joji Kodama サーフボード・ビルダー
小玉譲二さん | 横須賀

湘南には、自分らしく人生を切り拓くために漕ぎ出す男たち=THE PADDLERがいる。
彼らを突き動かすもの、そして、視線の先にあるものは?
INPUTとOUTPUTという二つのワードから、その行動を探る。

Photo: Yumi Saito  Text: Paddler

INPUT
「俺はサーフィン業界的には変化球だから(笑)」

湘南エリアには素晴らしいサーファーやシェイパーが多く存在し、それぞれの個性を輝かせているのだが、その中でも海に関わる人との話のなかで多くの人から度々名前が上がる人物がいる。それがサーフボード・ビルダーである小玉譲二さんの名だった。ずっと興味があった小玉さんを訪ねてみたいと思い、彼のファクトリー「birds creation(バーズ・クリエイション)」に向かった。

南葉山海岸から内陸方面にしばらく走ると、「子安の里」と呼ばれる里山集落が広がる。森の中を流れる関渡川には春と秋にはホタルが舞う、三浦半島らしい自然が残るエリアだ。里山の中の細道をしばらく登り、この道で合っているんだろうか? と少し不安になった頃、「birds creation」は現れる。

「静かでいいでしょ? 上皇さまも葉山の御用邸に来た時にはよく散歩にくるところなんですよ。ここの少し下で9年くらい使っていたスペースがあったんですけど、ある時この場所に出合って借りることができたので、いろんなところから廃材をもらってきて、シェイプルームとラミネートルームを建てました」
いい“気”が流れる、とても有機的な空間。「birds creation」では、サーフボードのリペアとオーダーメイドによるカスタムサーフボードを製作している。小玉さんが作るサーフボードに魅せられてオーダーする人は後を立たないのだが、ハイペースで製作するボードメーカーとは少し違う時間軸で動いている。

「サーフィンって趣味嗜好の世界だと思っているので、自分は営業をかけてどんどん作って買ってもらう、という姿勢ではやらないようにしているんです。自分にとって一番大事なのはサーフィンをする時間。その時間を自由にできるというのが大切だから、そんな人間がサーフィンをする時間を削ってまでボードを作るようになってはいけないなと思ってるし、売ろう売ろうという姿勢だと、海で人に会っても営業トークになっちゃうでしょう(笑)」

小玉さんの作るサーフボードはデリバリーされるまでに1年や2年待つことが多い。それでもオーダーが入るのはクリエイションへの期待と信頼があるからでしかない。

「俺はいわゆるサーフィン業界的には変化球だから(笑)。それは海で育っていないっていうことも関係していると思います。サーフィンカルチャーって世界中どこもそうなんですけど土着的なところ、ローカリズムがあるんです。俺はどこのローカルでもないという意識があって、だからやってることも違うのかもしれませんね。でも、それがいいのかなとも思っています」
横浜で育ち、高校時代は東京で過ごした。小中学生の頃はスケートボードに夢中になり、サーフィンとの出会いは高校3年生の時だったという。

「初めてサーフィンをした時に、この世に筋斗雲があるのかと思ってびっくりして(笑)、すっかり取り憑かれちゃったんです。学校にもぜんぜん行かなくなって、その頃は朝から晩までずっとサーフィンしていました。浜に置いておいた服を盗まれてウエットスーツで電車に乗って帰ったこともありましたね(笑)」

サーフィンにのめり込み続けていた24歳の時、長くカリフォルニアを旅している途中に知り合ったシェイパー・大貫透氏が日本で自身のファクトリー『Finman』を立ち上げる時に誘ってもらい、手伝うようになった。そして2010年に独立し、「birds creation」をスタートさせる。

OUTPUT
「大量生産の新しいものを買わせようとする世の中に対する“レベル”でもありますね」

シェイプルームの裏手には大きな発砲スチロールが山積みされている。これらは近年小玉さんが手がけているオリジナルのサーフボードの素材となる。

「大きいでしょう? マグロが入ってた発泡スチロールです。これを削って、ストリンガーを入れて強度を出し、樹脂でコーティングしてサーフボードを作ります。城ケ島の水産会社さんがスポンサードしてくれていて、廃棄されるものをもらってくるんです」

小玉さんが仲間と共に行っている映像プロジェクト「また遊ぶ:replay」の一環として作られる廃発泡スチロールを素材にしたサーフボード製作の始まりは2015年。カリフォルニアで開催された「VISSLA アップサイクルコンテスト」では、葉山の海に落ちている発泡スチロールのゴミを集めて製作したサーフボードを出品し、準優勝という快挙を遂げると世界中から注目を集めるようになったのだ。その後、このマグロの発泡スチロールに出合った。

「マグロの発砲スチロールで作ったサーフボードのブランクス(芯材)をサーフショップだけじゃなく、ホームセンターとかでも売りたいと考えているんです。カリフォルニアやハワイやオーストラリアではサーフショップにブランクスが売られていて、自分の家のガレージを使って、大人はもちろん、子どもも自分でサーフボードを作るっていうDIYのカルチャーがあるんです。自分で作ることでサーフィンへの理解が深まるし、カルチャーとして広がると思うんですよね」
小玉さんの視点では、ゴミと呼ばれるものも、もう一度遊べるものとして姿を変えて見えてくるのだろう。だが、そこには環境問題に対する取り組みや意識というよりは、DIYの意識が広がることに楽しさを見出しているそうだ。サーフボード以外に制作しているものとしては、サーフボードをラミネートする際に大量に出てくる樹脂の余りを素材にして作られたランプシェードや、海岸に落ちている海藻を中に入れたフィンがあり、そのすべてが「また遊ぶ:replay」のマインドで制作されている。リサイクルの先にある「遊ぶ」という目的のためのものづくりだ。

「子どもの頃から誰もやってないことをやってみたい、という意識はありましたね。同じようなものが世の中には大量に溢れているから、自分だけのひとつ違った視点のものづくりはしたいと思ってはいます。でも、何よりも『サーフィンをしたい』というのが先にあるんです。サーフィンをし続けるためのものづくりって言うんですかね」

行動の動機が常に「サーフィンをしたいから」という小玉さんならではの姿勢。地球のために、というと耳障りはよいが、実際にはエコロジカルやサステナブル“風”のものが溢れる世の中において、けしてその言葉を使うことなく、小玉さんは「もう一度遊べるものを作っている」と言う。
「今の世の中、これだけ地球環境が悪くなっている、天然資源がなくなっていると騒いでいるのに、人間がやっていることはエスカレートしていっていますよね。経済優先で、ネットを使って大量生産の新しいものを買わせようとするこの世の中に対する“レベル”でやっているというのもありますね。社会に対しての反骨心ですね」

「自由になるためのツールとしてのサーフィン」を体現しているかのような小玉さん。そんなサーフィンの大切な部分を表現し続けている小玉さんがつくっていくカルチャーが、この先もっと注目を集めていくといい。

THE PADDLER PROFILE

小玉譲二

1976年東京生まれ。『Finman』にてサーフボード作りを学んだのち2010年に独立し、「birds creation」をスタートさせる。廃棄される発泡スチロールでサーフボードを制作した、「VISSLA アップサイクルコンテスト」にて準優勝をおさめるなど、世界から注目を集めている。