THE PADDLER 湘南で自分らしく人生を切り拓いてゆく男たちを紹介

THE PADDLER | 030 Mr. Chaki YOGA STUDIO JYOTI主宰 CHAKIさん| 藤沢・鵠沼

湘南には、自分らしく人生を切り拓くために漕ぎ出す男たち=THE PADDLERがいる。
彼らを突き動かすもの、そして、視線の先にあるものは?
INPUTとOUTPUTという二つのワードから、その行動を探る。

Photo: Yumi Saito  Text: Paddler

INPUT
「人生の中で核となっているのは、植物とヨガ。 人生を植物にかけていると言ってもいいぐらいです」

鎌倉方面から国道134号線を西へと進むと、江の島を越えたあたりから道の両側は松の木の防風林となる。この道の景観を、湘南らしい風景に挙げる人も多いだろう。教わった住所は、鵠沼松が岡。辿り着いた先にも大きな松の木があった。

「YOGA STUDIO JYOTI」の敷地内に入ると空気が変わるのを感じる。広い敷地に立つのは歴史を感じさせる木造家屋。庭には個性的な姿の植物が育ち、それらが驚くほどに生き生きとしているのだ。

「人生の中で核となっているのは植物とヨガ。その二つに向き合うことは相乗効果でしかありません。人生を植物にかけていると言ってもいいぐらいです」

「YOGA STUDIO JYOTI」を主宰するチャキさんが植物の魅力に惹かれていったのは、スタジオを開設した12年前。旅先のカトマンズで立ち寄った、緑に溢れたカフェの佇まいが印象的で、スタジオを緑でいっぱいにしたいと思って訪ねた「インターパーツ」(戸塚)の野口薫氏との出会いからだ。

「人間は長い期間緑の中で暮らしていたんだけど、緑から離れることによって古い脳がおかしくなってきていて、緑に近づくことによって、脳が単純に言えば自然に戻ってくるんだとか、野口さんからは興味深いことをたくさん学びました。植物が自分に何を与えているかというと、それはすごすぎてうまく説明できません。植物が自分たちに学びを与えてくれています。脳の構造が変わってくる気がしてるし、見えるものが変わってくるんです」

植物は少しずつ、確実に増えていった。今ではチャキさん自身が「植物園レベルかも」というように、ものすごい数の植物が庭に、住居スペースに、スタジオに育っている。スタジオの庭側の面はアンティークの木枠格子が美しいガラス窓で、スタジオと庭との段差もなく、庭の世界との境界線が曖昧になっている。内にも外にも植物が溢れ、スタジオにいると穏やかな空気に包まれるのだ。そんな空間でチャキさんが教えるヨガは、イメージしていたものとは少し違うようだ。↙︎
「皆がやっているヨガとはかけ離れたことをやっていると思います。うちの教えでは、10人の人をまとめて癒すことはできないと考えています。人はそれぞれ違う問題、悩みとかを持っていますよね。だから、生徒さんひとりひとりのことを理解して、要望を聞いて、それが叶えられるように導いていく。人って体だけじゃないんです。ヨガの考え方にパンチャマヤというものがあるのですが、それはまず体があって、その内側にエネルギーの層、その内側にマインドの層、その内側に人格の層、その内側に感情の層があるという考え方。だから体だけ治しても意味がないんです。うちの教えは、ポーズ、呼吸、瞑想、それにチャンティング。それらを生徒さんにひとりひとりに合わせてやるというわけです」

チャキさんのヨガにおける師は、近代ヨガの父と称される故・クリシュナマチャリア師の教えを受け継いだ息子、デシカチャー師。ある時、デシカチャー師の著書に出会い衝撃を受け、教えを受けたいとの思いでインドのチェンナイへ飛んだ。

「会ってから1時間でもう『付いていきます』となりました。すごい人なんです。でも、先生が僕にはじめて用意してくれた練習プログラムは驚くほどにシンプルなもので、それまでかなり難しいポーズを体得してきた僕には、幼稚園生レベルまで下げられた、という印象でした。直接デシカチャー先生に見てもらえることになった時、こんな貴重な機会はないと思って、前の日から言いたいことを全部書き出して、先生に見せたんです。でも、先生はその紙を0.1秒ぐらい見ただけで『インタレスティング』って(笑)。それで、そんな簡単と言ってもいいプログラムを与えられたもんだから、その時は正直『このヤブヨガ先生め』って思いましたよ(笑)。でも、そのあとにアンダマン諸島にある無人島に行って、ひとりでその教えに取り組んでいたら、今まで自分の中でどうやっても落ちなかったものが落ち始めているのがわかったんです。それで、先生との信頼関係が深まりました」

チャキさんは日本人の中でクリシュナマチャリア師の教えを最も長く学び、最高資格を取得。その教えを学びつつ、指導者としてスタジオをスタートさせることになる。↙︎

OUTPUT
「砂浜の上で過ごしている時間は、 世の50歳のどんな人よりも長いと思う(笑)」

「デシカチャー先生のところに一度の滞在は3か月、年に2回通っていたのですが、数年がたった頃に『人に教えなさい』と先生に言われ、スタジオを開くことにしたんです。ヨガの教えで、何かを経験したら教えることが学びの一部だというものがあります。アウトプットしながらインプットするということですね。思えば僕は常にアウトプットしてインプットしてきたんだな、と気づいたんです」

生まれはデンマーク、鵠沼で少年時代を過ごした。小さな頃からスピリチュアルなものに惹かれていたというチャキ少年は、祖父が剣道の達人だったこともあり、『ルパン三世』では五右衛門好き。「無念無想」に憧れ、小学生の頃には「無」を探して、家の前の石の上にずっと座って瞑想していたという。15歳でオーストラリアへ移住し、大学卒業後も30歳を迎える頃までゴールド・コーストで暮らした。

「オーストラリアでは本当に何もしていませんでした。自分のテーマの中に『自由』というものがあるんですけど、2年ぐらい自由に過ごしてみようと思ったんです。でも、それで味わったのは、人生の中で1番の不自由だったんです。結構深い学びだともいえますね。何もないって本当に不自由なんです。オーストラリアにいてよかったのは、大きな自然を見たこと。それが今の自分にすごく影響を与えています。人生で意味がないことはないんです」

オーストラリア時代を経て、音楽関係の仕事でニューヨークに移住、5年を過ごした。その時期に訪れたメキシコ・ティオティワカンにあるピラミッドの上に座って瞑想をしているときに、「ヨガをやろう」というビジョンが現れた。それからヨガとの関係が始まり、現在に至るというわけだ。恵まれた境遇を最大限に活かし真の自由を掘り下げ、真のヨガの教えを求めて誰よりも多く学ぶ。この徹底的に突き詰める姿勢が、チャキさんをつくり上げている。↙︎
人生の核となっているヨガと植物、この二つとの出会いがあって今のチャキさんがある。そして、海の存在もとても大きいそうだ。

「鵠沼とゴールド・コーストで育っているから、海の影響をすごく受けています。砂浜の上で過ごしている時間は、世の50歳のどんな人よりも長いと思う(笑)。いつも朝4時ぐらいには目が覚めて、家中の植物に微生物を与えることから1日が始まり、その後は海岸を歩いています。江の島まで歩くんですけど、ずっと呼吸に集中しているか、地球の上で歩いているということを意識しながら歩くんです」

スタジオを構えて12年。これまでの人生や師の教えをインプットしたものを、自身の生徒さんにアウトプットする。そして自身も学んでいく。9年前からは指導者を育成するコースも始めた。そして、昔の鵠沼の姿を知るチャキさんならではのやり方で、鵠沼を守るためのプランを計画しているそうだ。

「家の前にあるあの松の木の下に新しくスタジオを建てて、様々な人の講義や、アキ(奥さん)の料理教室をプログラムとする『松下塾』を準備をしているところなんです。ここは松が岡という名前の通り、松が多かった土地で、子どもの頃は今の50倍ぐらいはありました。それが鵠沼の原風景。その名残を留めるこの場所を訪れる人たちが、何かを感じてとってくれればいいなと思っています」

松の木が茂っていた、かつての美しい鵠沼の姿を取り戻すことはできないまでも、それが完全に消えゆこうとしている今、鵠沼の原風景を守ろうというチャキさんの行動は、大きな意味を持っている。チャキさんの新しいスタジオは、鵠沼だけではなく湘南の未来にとっても重要な場所になっていくのだろう。

ESSENCE FOR HIS LIFE

THE PADDLER PROFILE

CHAKI

YOGA STUDIO JYOTI主宰。デンマーク生まれ、鵠沼とオーストラリア育ち。
近代ヨガの父と称されるクリシュナマチャリア師の教えを学び、
最高資格を獲得。マントラの指導者であるアキさんとともに、スタジオを運営する。