THE PADDLER 湘南で自分らしく人生を切り拓いてゆく男たちを紹介

THE PADDLER | 039 Mr. Atsushi Nakagawa サーフライダーファウンデーション ジャパン代表理事、ティーズ・ハウジング代表
中川淳さん|辻堂

湘南には、自分らしく人生を切り拓くために漕ぎ出す男たち=THE PADDLERがいる。
彼らを突き動かすもの、そして、視線の先にあるものは?
INPUTとOUTPUTという二つのワードから、その行動を探る。

Photo: Koki Saito  Text: Paddler

INPUT
「サーファーに支えられたから、海へ恩返しをしたい」

「Surfrider Foundation Japan(サーフライダーファウンデーション)」という名前を耳にしたことがあるだろうか? 1984年、カリフォルニアのサーファーたちが海岸環境の保護のために組織し、現在は世界23ヵ国で活動、約25万人のメンバーに発展している国際環境NGOだ。日本では藤沢・辻堂に事務局を構え活動しているが、その代表理事を務めているのが中川淳さんだ。

中川さんは、長年辻堂で不動産会社「ティーズ・ハウジング」を経営してきた。自身もサーフィンのために湘南に移住したてきたことから、サーファーの移住向け物件の紹介や住宅デザイン開発などビーチライフをコンセプトに事業展開をして、好評を得ていた。「海の環境改善になるならば」という思いで、一企業オーナー、一サーファーとして、「サーフライダーファウンデーション」に寄付と出資をして活動を支援してきた。だが、1993年にサーフライダーファウンデーションジャパンが誕生して以来、その運営は順調とは言えなかった。2015年には組織が硬直化して、岐路に直面する。その時に、手助けの名乗りを上げたのが中川さんだった。

「ちょうど50の誕生日の節目で、人生も曲がり角を迎えて今度は終盤戦になる。会社は30才で始めたから、ちょうど20年目。自画自賛ですけど中小企業を20年間続けるのは、なかなか困難なこと。何とかやってこられたのは、やはりサーファーの移住者に支えられてきたから。その恩返しをしなきゃいけない。その時期なのかな、と思いました」↙︎
自身の会社を経営しながら、ボランティアで組織を牽引する。決して生半可な気持ちではできない。25年以上続いている団体なので、注目度も高く、周りからの期待もハードルも高い。

「やはり『あっちを立てればこっちが立たない』ということも、生まれてしまいます。いろんな活動をすると、不愉快な思いをさせてしまうこともあるんですよ。八方美人でことは済まないのでなかなか難しい」

それなのに、あえて中川さんが、困難な道を選んだのは、サーフィン、海への思いだ。横浜生まれの中川さんが初めてサーフィンをしたのは、中学3年生の夏のことだった。姉の友人に連れられて、伊豆の海へ。今でも「忘れられない思い出」になった。以後、サーフィンにのめり込み、波がよければ学校をサボって海へ行くほどに。やがて、「サーフショップが軒を連ねていて華やかだった」辻堂へ移り住み、働きながらサーフィンに明け暮れた。

「最初は『あこがれ』だとか『格好よさ』で始めましたが、すっかり生活の一部になりましたね。やはり、サーフィンのある生活はすばらしい。“自然を感じながら暮らす” というのはプライスレス。世界中どこへ行っても、サーファーのライフスタイルというのは一番輝いていまいます」

そのベースとなるのが、海だ。現在、世界中で海の環境問題が次々と顕在化している。海岸漂流ゴミやマイクロプラスティックによる海洋生物への健康被害、過剰な護岸工事、海に注ぐ河川の水質悪化など……。

「僕たちサーファーの感性を海の環境保全に役立てる、というのはすごく大事なこと。であれば、サーファーというのはもっともっと社会性を持たなきゃいけない。道徳心も持っていなきゃいけない。それによって、自分たちが海を守っていくこともできるし、よい環境でサーフィンをし続けていくことができると思うんですよね」

OUTPUT
「湘南から日本の海を変えたい」

サーファーによる海の環境保護活動というと、ビーチクリーンなどの砂浜のゴミ拾いの活動を思い浮かべる人が多いだろう。だが、中川さんが牽引する「サーフライダーファウンデーションジャパン」の活動は、そこだけに留まらない。

「全国のビーチでサーファーによる定期的なビーチクリーン活動が、多く行われています。それはとてもいいことだと思います。皆で決まった時間に集まって『小1時間のことだから皆でゴミを拾おうよ』という考え方ももちろん間違いではありません。ですが、『日々海から上がって目の前にゴミがあったら素通りしないで、ゴミを拾う』、そういう意識の方が大切かとも思います。サーファーなんだから、波がいい時にサーフィンすればいい。例えば、先に海に入ってから、後でビーチクリーンをすればいい。だから、僕は『ボランティアが好き』だとか『ビーチクリーンが好き』とか言ったら、嘘になっちゃう」

中川さんが重視するのは、「ゴミをなくすためのアクション」。つまり、ただ単にゴミを拾う対処療法ではなく、根本的な意識の変革だ。

「ビーチクリーンをしていても、例えば、海にコンビニの袋が落ちている。そうしたら、コンビニで働いている人だったら『これはマズいな、何とかしなきゃいけないな』と思う。それが大事。ペットボトルやストローが落ちていたら、プラスチックに関わる企業やストローを使う飲食店の人などが危機感を持つ。そうやって、ゴミを拾って見つめ直すことが大切だと思います。それを人に伝えることや、そして自分が社会の営みの中でできること、ゴミを生まない社会をつくるために、何かもう一歩踏み込んでできることを考える」↙︎
そのための問題解決に必要なのは、「産・官・民」の三位一体。「サーフライダーファウンデーション」のような「民」による草の根活動が問題を提起し、「産」や「官」を動かす。中川さんが組織を牽引し始めてから、そのムーブメントは着実に実を結びつつある。活動に賛同する企業は着実に増えて協働でのビーチイベントも活発となった。支援するサーファーの政治家が提議して、下水が海に流れこむ辻堂の下水処理施設の改修工事に70億円もの予算獲得を実現した。サーファーが始めたとはいえ、決してサーファーだけのための組織とは考えていない。海を大切にし、愛する人々が広く携わってもらえたらと思っている。

「サーファーって海を見つめる目線が純粋なんです。それを生活の糧としているわけではないから利害が生まれない。頻繁に海に入るから、砂浜や磯の様子や水質の問題だとか、リアルに体で感じ取ることができる。そのピュアな海岸環境に対する感じ取り方を、環境保全に役立てていきたい。でもこれは、結果的に漁師さんにとってもマイナスにならないと思うし、魚を食べる人たち、市民にとって皆にとってのマイナスにならない。広くすべての市民に対して有効性を高めていければと考えています」

ここ湘南から新しい環境活動のうねりが、日本の海に広がっていく。

THE PADDLER PROFILE

中川淳

1965年横浜生まれ。不動産会社「ティーズ・ハウジング」の代表取締役を務めながら、2015年、「サーフライダーファウンデーション・ジャパン」の代表理事に就任。以後、サーファー目線から、草の根的な海の環境保全活動を推進する。

>>ティーズ・ハウジング
>>サーフライダーファウンデーション・ジャパン