PADDLER’S EYE 湘南の今を独自取材した特集と連載

FOOD BATON BAR THE TIPPLE 杉本光輝さんのカクテル

海や山、自然に恵まれた湘南には、季節折々の旬な 食材が集まる。
その食の豊かさにひかれて、この地に暮らす料理人は多い。
食のバトンがつなぐ、湘南のテーブルストーリーに耳を傾けてみよう。
今回、「カヴァ」の小川良さんから、フードバトンを引き継ぐのは、
「バー・ザ・ティップル」の杉本光輝さんだ。

「#020 小川良さんのカクテル」はこちらから

Photos : Pero  Text : Paddler

都内の一流ホテルなど数々の名店を渡り歩いてきた杉本光輝さん。最後に行き着いたのが、自らの店「BAR THE TIPPLE」だ
マティーニに込める思い

本当のサービスとは何か? 
鎌倉の「BAR THE TIPPLE」を訪れると、そんな自問を改めてしまう。たった8席の小さな店内ながら、ここには凛とした空気が流れている。ひとりで杯を傾けている者も、カップルそして仲間同士も、酒はもちろんこの空間と時間を楽しんでいるようだ。カウンターの向こうに立つバーテンダー杉本光輝さんの佇まいが、自然とそうさせているのだろう。

淡々と仕事をこなしながら、カウンターに目を光らせる。決して寡黙なわけではない。客が話しかければ、巧妙な会話のキャッチボールもする。ただ、客に媚(こび)を売ることはない。もちろん客に過度な気遣いをさせることもない。バーテンダーと客の遠すぎず近すぎない距離感が実に心地いい。

「過剰なサービスは自分が嫌いだからしません」ときっぱり口にする杉本さん。そう断言できるのは、腕に自信があるからだろう。

杉本さんの名前は、鎌倉のバー好きだったら耳にしたことがあるのではないか。2014年、この店をオープンする以前、和田塚にあるバーで9年ほど店を切り盛りしていた。それまで都内の名だたるホテルのバーを渡り歩いてきた杉本さんの完璧を追求するカクテルと接客で、たちまち店は評判を呼び鎌倉一の人気バーになった。

まずはマティーニを味わった。芳香な薫りが鼻を抜ける。ジンとベルモットとの絶妙なバランスに、思わずうなずく。じっくりと楽しんでいると、あることにふと気づいた。時間が経っても、キレが鈍らないのだ。

「自分が目指しているのは、ぬるくなってもおいしいマティーニ。冷たい時においしいのは当たり前なんです。強いお酒なので、お客様はどうしても時間をかけて飲むことになる。だけど、ぬるくなるとすごくジン臭くなってしまう。『時間が経ってもおいしいよな』とお客様に思っていただきたい」

マティーニは、ジンとベルモットをステアするだけという究極にシンプルなカクテルだ。それだけにバーテンダーの腕がモノを言う。

「ステアをして混ざりすぎても、氷が溶けて水っぽくなってしまう。かといって、混ざっていないとジン臭い。その加減ですよね」

いかに目の前の客に最高の一杯を提供し、楽しんでもらえるか。杉本さんが考えるサービスとはそこにある。↙︎
カウンター8席だけの小さな店だが、店に漂う雰囲気は重厚で深い。まさに大人の社交場だ
アぺタイザーのセレクトも秀逸だ
女性に人気のシャンパンとシャーベットのカクテル(1,600円)。シャーベットは、ミックスベリーをポートワインやカシスリキュールで自らソルベ。上の写真のマティーニは1,200円。「お客様にとって意味がない」と、チャージ料金はなし
大人の生チョコレート(800円)も杉本さんのお手製。ブランデーとの相性は抜群
当たり前のことを当たり前に

職人肌で寸分の隙もないように見える杉本さんだが、バーテンダーになったのは「なりゆき」だと笑う。高校卒業後、ホテルマンを目指し専門の学校へ。インターンとしてホテルで働いていた時に、あることがきっかけで興味がバーテンダーに向かう。

「お客様からお酒について質問をされたんです。たまたま勉強していて答えることができた。そしたら、とてもほめられたんです。おそらく、向こうは研修生とわかっていたと思うんですけど。そのお客様とのやり取りが楽しくて」

以来、紆余曲折がありながらも、バーテンダーの道へ。

「だから、決して『酒が好きだから』とか、そういうのはないです。『自分でさえ酒を飲んだら面倒くさいのに、酔っ払いの相手して、何が楽しいんだろう』って(笑)」

そして、さらに人生の紆余曲折があり、自分の店を開くことになった(足しげく通えば、この“紆余曲折”の話を杉本さんから聞けるかもしれない)。

「BAR THE TIPPLE」をスタートさせるのにあたり、イメージしたのは「自分が行きたいなと思う店」だった。

「今の仕事には、まったくストレスがないんですよ。当たり前のことを当たり前にやっているだけですから。イラっとする事もありますが、それでいいお客様が引き立つ。だから必要悪だと思っていて(笑)。黙ってマティーニを1杯飲んでパッと帰って、『なんか癒された』と思ってくれたらそれでいいんです」

以前まで店内にはテーブル席もあったが、やめた。今は5人以上での入店も断っている。この先、店を大きくしようとする考えもない。

「自分がいいと思ってこだわってやっていることに共感してもらえるお客様に来てもらえれば、それでいいんです。利益目的だけで店をやると、自分がつまらないですからね。この店を死ぬまでやって、カウンターの中で倒れて死んでいたらいいかなと思っています。細く長く、お客様に愛されながら続けていければ」
カウンターの正面に掲げられたサイン。ジョークだろうが、あながち間違ってもいない
職人気質に見える杉本さんだが、とても気さくな人柄だ。いい関係を築くことができれば、これほど頼もしいバーテンダーはいないだろう
「新しいお客様も大歓迎です。このようなスタイルのお店も良しと思ってくれる方が増えたら嬉しいです」
WHERE THE NEXT?
杉本さんオススメの一軒は?

とし彦(鎌倉)
「おいしいものを正当な金額で提供してくれる割烹料理店です。こういう店は、今の鎌倉には少なくなりましたね」(杉本)
BAR THE TIPPLE
神奈川県鎌倉市小町2-10-7 ストロール鎌倉2F-B[MAP]
TEL. 0467-24-6688
OPEN. 18:00~2:00 (火〜金)
    15:00〜2:00 (土)
    15:00〜0:00 (日・祝)
CLOSE. 月・第一・三火