PADDLER’S EYE 湘南の今を独自取材した特集と連載

FOOD BATON リストランテ ラ・ルーチェ 小川真さんのイタリア料理

海や山、自然に恵まれた湘南には、季節折々の旬な 食材が集まる。
その食の豊かさにひかれて、この地に暮らす料理人は多い。
食のバトンがつなぐ、湘南のテーブルストーリーに耳を傾けてみよう。
今回、「リストランテ鎌倉フェリーチェ」の小曽根幸夫さんから、フードバトンを引き継ぐのは、
「リストランテ ラ・ルーチェ」の小川真さんだ。

「#018 小曽根幸夫さんのイタリア料理」はこちらから

Photos : Pero  Text : Paddler

常連客のお目当てがオーナーシェフ小川真さんとの会話を楽しむこと。もちろん、イタリアの一つ星のリストランテでスーシェフを務めただけあって、料理も秀逸だ
シェフの味と笑顔を求めて

料理店を選ぶ基準—— それは人それぞれだ。味はもとより、雰囲気、快適さ、コストパフォーマンス……、そして料理人の人柄。そう、ここ「ラ・ルーチェ」の常連は、シェフの小川真さんにひかれて足しげく通う。

観光客でにぎわう小町通りに店を構えるリストランテ。イタリア料理店では珍しく客席はカウンターがメイン。腕を振るう小川さんは、よく日に焼け屈強で一見武骨そうだが、その顔には終始、柔和な笑みが浮かんでいる。目の前のすべての客に気を配りながら、冗談を言って笑いを誘う。

客は料理とワインに舌鼓を打ちながら、カウンター越しに小川さんとの会話のキャッチボールを楽しむ。店内は和やかな雰囲気に包まれて、一見の客も自然と会話の輪に加わっていく。実にアットホームな店だ。

「お客さんに喜んでもらうのが一番です。だから『おいしかった』と言われるのはすごくうれしいですが、『楽しかった』と帰ってくれる方がもっとうれしいですね。そうなるようにいつも努力をしています」と小川さん。

とは言え、小川さんが手がける料理は白眉だ。メニューはコースのみ。まずは前菜。本日はヒラメのカルパッチョとエンガワの炙り。焼きナスとキノコのマリネが主役の旨味を存分に引き出す。見映えも懐石料理のように麗しい。手打ちのキノコソースのパスタの上では、トリュフが金箔のように舞う。スーシェフの藤盛奈津子さんは、「小川さんの料理は、シェフの見た目とは違って繊細なんです。そのギャップ萌えにお客さんがひかれるのでは」と笑う。

コースは、本当の意味での「シェフのお任せ」だ。驚くことに、その日訪れる客によって料理を一品一品をアレンジしているのだ。

「その方の好みによって、それぞれの料理の内容や量を変えています。だから、うちにはメニューがないんですよ。もちろん、初めて来ていただいたお客さんには説明いたしますが」

どこまでも“客ファースト”の店なのだ。 ↙︎
食材は、地元産の野菜と魚介にこだわる。特に野菜は、知り合いの農園で自らも育てる
小川さんの右腕、スーシェフの藤盛奈津子さんとともに。厨房でも冗談が飛び交い和やかな雰囲気だ
白とオレンジをベースにした明るい店内。往来が激しい小町通りに面していながらも、入り口は一本入った脇道なので隠れ家的な雰囲気も
メニューはコースの2種類。ランチ2900円と3900円。ディナーは4800円と6800 円。客の好みに応じて料理をアレンジしてくれる。本日の手打ちのロングパスタはトリュフのタッリアテッレ。芳醇な香りがたまらない
子どもの頃からの夢を実現させるために

茅ヶ崎生まれの小川さんは、小学校から大学までずっと野球ひと筋。地元では知られた選手で今も草野球チームで活躍中だ。根っからの体育会系だが、一風変わった理由で料理人の道へ進むことに。

「変な話ですが、僕は小さい頃から、ずっと頭の中に一枚の“絵”があるんですよ。僕が暖炉の前で木彫り細工をしていて、ふかふかの絨毯の上に子どもが寝ているんです。これに向かって生きていこう、とある時から思いました」

“絵”のビジョンを「ペンション経営」と直感した小川さんは、将来ペンションを建てるためにと大学では建築を専攻。卒業後、建築関係の仕事に就いたがペンションに欠かせないのは料理と、腕を磨くためにイタリア料理店へ修行に入った。料理には多少の自信はあったが、すぐに砕かれる。

「難しさにビックリしました。これは簡単にいかないぞ、と思いました。逆にそこがおもしろかったですね」

やがて本場の味を求めて、イタリアへ。あえて日本人がいないウンブリア州のスペッロという小さな村で、3年間修行を積んだ。

「自分が日本でやっていたイタリア料理は本当のイタリア料理ではなかった。だから、まったく仕事ができない。そこがまたおもしろくて」

持ち前の反骨精神で頭角を現し、一つ星のリストランテのスーシェフを任されるまでになった。

そして帰国後、2007年に念願の自分の店を鎌倉でスタートさせた。

「鎌倉は山と海があり風土がイタリアっぽいところがあって、食材もおいしい。例えば『鎌倉野菜』は、土にミネラル分がすごくあるので力強い。だから、素材力で食べていただきたいので、塩はギリギリで打ち、火入れには気をつけています」

野菜は知り合いの農園を手伝いながら自ら育て、魚介は知り合いの漁師から直に仕入れる。素材のうまさは申し分ない。

「うちの店は楽しさは絶対負けないし、正直、料理も自信があります」

多くの常連客から愛される店をつくり上げた小川さん。だが、あの“絵”は今も頭の中にあると言う。

「ペンションを含めていろいろな展開を考えています。もう正直やりたいことだらけなので(笑)」

今後の動向が楽しみだ。
使用する器は小川さんが絵付けをしたり自ら焼いたものも。焼締めの皿にカトラリーに箸を加え、和の雰囲気を漂わせる。「年配のお客さんも多いので、ほっとするかと」
魚介は、鎌倉・坂ノ下の懇意にしている漁師から直接仕入れる。本日は常連の誕生日を祝うために鎌倉海老を手に入れた
「ぜひ、楽しんで帰って下さい。初めてのお客さんも大歓迎です」
WHERE THE NEXT?
小川さんオススメの一軒は?

BAR Cava(茅ヶ崎)

「弟がバーテンダーをしているのですが、どのカクテルもやさしい味なんです。シングルモルトおたくでもありますよ」(小川)
リストランテ ラ・ルーチェ
神奈川県鎌倉市雪ノ下1-7-6 [MAP]
TEL. 0467-23-2352
OPEN. 11:30~14:00 (L.O)/18:00~21:00 (L.O)