PADDLER’S EYE 湘南の今を独自取材した特集と連載

FOOD BATON タケル クインディチ 頭山威児さんのピザ

海や山、自然に恵まれた湘南には、季節折々の旬な 食材が集まる。
その食の豊かさにひかれて、この地に暮らす料理人は多い。
食のバトンがつなぐ、湘南のテーブルストーリーに耳を傾けてみよう。
今回、「ビストロ コパン」の升元晋治さんから、フードバトンを引き継ぐのは、
「タケル クインディチ」の頭山威児(とうやま たける)さんだ。

「#012 升元晋治さんのビストロ料理」はこちらから

Photos : Pero  Text : Paddler

北鎌倉随一の人気イタリアン

鎌倉の中心街の喧騒から離れ、山々の自然も色濃い北鎌倉。建長寺に円覚寺と鎌倉五山の名刹が居並び、古都らしい静穏な空気が似合う。市街と比べて観光客も少なく、“食”のにぎわいもあまり感じられないが、ここ数年、評判の店が人知れず増えている。中でも、人気なのが、ここ「Takeru Quindici(タケル クインディチ)」だ。予約も取りにくく、平日でも満席ということも珍しくない。

鎌倉街道沿いに面した和の趣がある一軒家。店内は黒を基調としたモノトーンで統一され、モダンな日本料理店のような佇まい。バーカウンターの窓から注ぐ外光が、店内に落ち着いた空気を生む。和と洋がセンスよく融合した空間だ。

目を引くのが、キッチンの奥に構えるピザ窯だ。手際よく焼かれたピザが、芳ばしい香りとともに、次々にテーブルにサーブされていく。

「古民家でピザ窯を入れて店をやりたい。ずっと、そんなイメージが頭の中にあったんですよ」そう語るのは、オーナーの頭山威児(とうやま たける)さんだ。

頭山さんが店をオープンしたのは2011年。仲間の手を借りながら、自分で内装を手がけた。今でこそ、この界隈にもいわゆる古民家カフェやレストランも目にするようになったが、その先駆けだ。

「元々古いものが好きで、新しい綺麗な所より古民家や和風な感じで店をやりたかったんです」

葉山出身の頭山さんだが、10代の多感な2年間を、アイルランドで過ごした。その時の原体験が、自分の感性や価値観に大きな影響を与えたと語る。

「アイルランドは、古いものを大事にする。周りに日本の文化が好きな人も多く、逆に日本の古いものに触れることが多かったんですよね。そういうことが、すごく大きかった気がします」↙︎
オーナーの頭山威児さん。30歳と遅咲きの料理人デビューながら、2011年に「タケル クインディチ」をオープン。北鎌倉屈指の人気店に育てた
古刹が連なる鎌倉街道沿いに店を構える。一見日本料理店のような落ち着いた佇まい
店内は黒を基調にしたモダンジャパニーズスタイル。地元の仲間の手を借りながら、頭山さん自ら手がけた
「ほろほろ鳥とざくろのサラダ」(1,800円)は、鎌倉野菜のからし菜やルッコラなど6種類以上を豊富に使った人気メニュー。香味野菜で味付けした鶏肉とざくろの相性もバツグン
回り道を経て、料理の道へ

頭山さんの料理人としてのスタートは遅咲きだ。

「僕はまったく勉強をしなかったので、中学校を卒業しても進路が決まっていなかった。それで先ほども言いましたが、親父に半ば騙(おびやか)されて、アイルランドに連れて行かれて、そのまま置き去りにされんです。『日本にいてもロクなことがない』って」

アイルランド滞在中に父親が逝去。帰国後、周りから高校進学を勧められたが、同級生たちは既に高校を卒業する学年。だったらと、大検の資格を取り都内の大学に進学した。大学卒業後は音楽活動を続けていたが、26歳の時に友人とともに横須賀でバーをオープン。次第に飲食の世界に興味を持ち、本格的に料理人として修業をしようと思い立った。その時、頭山さんは既に30歳になっていた。

「求人があっても、30歳という年齢で断られることもありましたね。最初に入ったフランス料理の店ではボロカスにやられました」と当時を振り返る。

その後、縁あって葉山・逗子のイタリアンで働くようになって、湘南の食材のおいしさに改めて気づくことに。

「店では地元のおいしいものをなるべく使おうと思っています。野菜は鎌倉、逗子、横須賀。農家さんから持ち込んでもらうこともあります。魚は直接せり落としてもらったり。その辺がこだわりと言えばこだわりですね」

食材にあまり手を加えない。素材のうまみを最大限に引き出すためだ。

繁盛店だけに調理は他のスタッフと分担するが、仕入れだけは譲ることはできないと言う。

「忙しくても、毎朝仕入れに行きます。やはり自分で買いに行かないと、やる気が出ないというか。ぶっちゃけ、ずっと店の中にいるだけだと飽きるじゃないですか。おいしそうなものがあると刺激も受けますし」

生産農家と情報交換する中で、新しい野菜の栽培をお願いしたり、知らない食材があったら使ってみたりと、料理の幅も自然と広がる。

店のメニューは看板料理のピザを始め、イタリアンがベースだが、和と洋のエッセンスを生かした絶妙なマリアージュを生んでいる。その主役はあくまでも湘南の食材。三位一体になって生み出す「タケル クインディチ」の味に魅かれて、今日も多くの客が足を運ぶ。

「オープンしたてのころは、店をうまく回せなくて、クレームもすごかったんです。だけど、一度来てくれたお客さんがまたいらっしゃってくれるようになって。常連さんが増えてくれるのはうれしいですね。少しずつ、良くなっているという気はします」

頭山さんの目下の目標は、店を長く続けていくこと。それとともに心に決めていることがある。

「自分は30歳で働こうとしても断られることが多かった。でも、面倒を見てくれる人がいたから、今こうやって生活ができています。同じような志を持つ人に何かできれば。ここで働くことがきっかけになって、チャンスをつかめるような場所になればいいなと思っています」
店の看板料理のナポリ風ピザ。本場から取り寄せたピザ窯から熱々の焼き立てがテーブルに。メニューは常時5種類以上。上の写真のピザは「クアトロフォルマッジ」(1,700円)。モッツァレラ、リコッタ、グラナパダーノ、ゴルゴンゾーラの4つのチーズのハーモニーは絶品!好みでハチミツをかけて
店には本格的なバーカウンターも。ワインはもちろんカクテルやジャパニーズウイスキーも楽しめる
「1度来てくれたお客様がまた来てくれる、というのがやはりうれしいですね」
WHERE THE NEXT?
頭山さんオススメの一軒は?

シェ・ケンタロウ (北鎌倉)

「北鎌倉の本格フレンチです。プライベートでもよくうかがいます」(頭山)
タケル クインディチ
神奈川県鎌倉市山ノ内1384 [MAP]
OPEN. 12:00~14:00(土日祝は14:30)/18:00~22:00
CLOSE. 火(月1回不定休あり)

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