THE PADDLER 湘南で自分らしく人生を切り拓いてゆく男たちを紹介

THE PADDLER | 013 Mr.Tadayuki Kato 加藤 忠幸さん
加藤農園4代目・ビームスバイヤー|大船

湘南には、自分らしく人生を切り拓くために漕ぎ出す男たち=THE PADDLERがいる。
彼らを突き動かすもの、そして、視線の先にあるものは?
INPUTとOUTPUTという二つのワードから、その行動を探る。

Photo:Taisuke Yokoyama  Text:Paddler

INPUT
「野菜と服、どちらも自分にとってはイコール」

湘南と東京、二つの顔

大地に根差した野菜が、青空に向かって葉をおい茂らせる。キュウリにトマト、葉野菜……、どれも実りがよく、つややかに輝く。高台に拓かれた畑には初夏の風が通り抜け、汗ばんだ額の火照りを冷ましてくれる。大船の繁華街から目と鼻の先に、このような自然に恵まれた畑があるとは驚きだ。

「これめちゃくちゃうまいんですよ」とよく日焼けした顔に満面の笑みを浮かべて、アーティチョークにハサミを入れる野菜農家。加藤忠幸さんは、湘南で4代続く農家の跡取りだ。週に2回、地元の鎌倉市農協連即売所(通称:レンバイ)で採れたての野菜を販売している。レンバイは昭和3年に始まった日本初のヨーロッパ式マルシェで、「鎌倉野菜」という名前で知られるブランド野菜は、ここが発祥だ。都内の有名な料理人も、遠方から足を運ぶほど人気が高い。

「京野菜みたいな鎌倉独自の野菜は、ありません。ですが、農家が持ち回りで自分たちがつくった野菜を売っているので、とても新鮮なんです。売れ残った野菜が次の日に並ぶことはありません。自分たちの食卓にも並びますから、無農薬の安全な野菜が多いんです」

客の料理人からのリクエストによって、品種もグングンと増え、今や栽培する野菜は30種にも及ぶと言う。

「手をかければかけるほど野菜はよくなりますからね」と、畑を眺めながら目を細める。小学校のころから家業を手伝い、農作業は自然と身についた。根っからの農家の血を受け継いでいるのだ。

そんな加藤さんだが、東京では別の顔を持つ。人気セレクトショップ「ビームス」のバイヤーとしてファッションの最前線で活躍しているのだ。また、サーフィンとスケートボードのバイイングで培った知識と経験を活かし、自身がディレクションするブランド「SSZ」を昨年立ち上げ、一躍話題に。業界では知る人ぞ知る有名人なのだ。朝は湘南でアウトドアライフ、午後からは原宿でオフィスライフと二重生活を送る。「市場でも、ビームスで働いていると知っている人は少なくないと思います」と笑う。

大学を卒業後、大好きだった洋服に携わる仕事をしたいと、ビームスに入社。ショップに勤務をしながら、アシスタントバイヤーとしてキャリアを積んできた。そして、2012年に念願のバイヤーに昇格。バイヤーは次のシーズンに販売する商品を買い付けるのが仕事、トレンドへの嗅覚とセンスが求められる。売り上げに直結する責任を負う重職だ。湘南と東京、異なるフィールドでも全力投球。その大変さはいかほどのものか…。

「ぶっちゃけ忙しい時は、睡眠時間をどれだけ減らすかとですね。タフでなければできません。ただ大学時代ラグビーをやっていたので、体だけはタフ。それだけが取り柄でなんですが(笑)。正直辞めたいと思ったほど、辛いと時もありましたが、周りの人に助けられました。ビームスは理解がある会社なんです。普通だったら、こんなに自由にはできません」

なぜそこまでして、農業とファッション、二つの道を歩むのか。

「どちらも僕の中では本当に変わらないんですよ。自分がつくったものが売れるというのは、すごくいい。野菜でも服でも、お客さんが「いいね!」と言ってくれると、めちゃくちゃうれしい。つくり手と買い手は、信頼関係で成り立っています。だから、毎回自分を信じて買ってくれるお客さんの期待に、こたえなくては。やはり人と人という関係が感じられるから楽しいんでしょうね」↙︎

OUTPUT
「いつか鎌倉に自分の店をオープンさせたい」

湘南から生まれるクリエイテビティ

加藤さんが手がけるカタログ「SSZ」は、すべて自身による手づくりだ。イラストも自筆、写真を切り貼りしてつくる媒体は、加藤さんの世界観にあふれたZINE(手作りの個人雑誌)のような一冊だ。その完成度の高さは業界内外から注目を集めている。加藤さんのクリエイテビティとセンスは、サーフィンとスケートボードがクロスオーバーしたカルチャーに裏打ちされている。

「やはり湘南で生まれ育ったことは大きいですよね。本当にスタイルある方が多いですから。泰介さん(サーフィン写真家の横山泰介氏)とか、デビルマンさん(レジェンドスケーターの故・デビル西岡氏)とか、上の代の感性が高い方々に大きな影響を受けました」

「僕なんか本当にごく普通です」と謙遜するが、加藤さんの海、ストリート、ファッション、農業とシームレスに活躍する姿に影響を受ける地元の後進は少なくない。加藤さんは次男だが長男がほかの分野に進んだために、自分が家業を継ぐ覚悟を決めている。

「レンバイも、若い方が後を継いでやられるんですけど、続かないことが少なくない。今自分がやってることを続けていくことで、鎌倉の農業に貢献できればと思っています」

将来的には、農業に軸足を置きながら、大好きな服の世界にも携わっていきたいと願う。加藤さんには一つの夢がある。会社を定年退職した後に、自分の店をオープンしたいと青写真を描いているのだ。

「スケートとかサーフィンのカルチャーをすごく感じれる店で、自分がつくった野菜を食べてもらう。一般のお客さんにとっては、『ここはスケートショップ、サーフショップ、アートギャラリー、いやカフェ? 何ここ?』みたいな感じの店ができたら」

「だけど、何でも自分でやろうとしちゃうから、そういうことを想像すると自分の首を締めちゃうことになりますね」と笑う。そんな夢を頭の片隅に置いて、今日も畑をあとに上り列車に駆け込む。

THE PADDLER PROFILE

加藤 忠幸

1973年生まれ。神奈川県出身。大学卒業後、ビームスに入社。販売スタッフ兼アシスタントバイヤーを経て、2012年よりSURF&SK8の担当バイヤーに。2017年、オリジナルブランド「SSZ」を立ち上げ、デザイナー兼ディレクターとして活躍。加藤農園の4代目として、野菜農家としての顔も併せ持つ