THE PADDLER 湘南で自分らしく人生を切り拓いてゆく男たちを紹介

THE PADDLER | 017 Mr.Toshihito Tanaka 映像作家・サーファー|藤沢

湘南には、自分らしく人生を切り拓くために漕ぎ出す男たち=THE PADDLERがいる。
彼らを突き動かすもの、そして、視線の先にあるものは?
INPUTとOUTPUTという二つのワードから、その行動を探る。

Photo: Taisuke Yokoyama  Text: Paddler Special thanks: STANDARD STORE

INPUT
「海ってね、いつも変わっている。自然の流れに逆らうことはできない」

どこまでも、自由な男だ。自分がやりたいこと興味があることを、純粋に追い求める。生きることを楽しむ。今では少なくなった生粋の湘南育ちの“粋”をまとっている。

田中俊人さんを語る時、何と説明したらいいだろうか。「トシさん」という愛称で知られ、湘南界隈にさまざまな顔で現れる。波がある時はサーフボードを抱えビーチにやってくる元プロサーファー、マイクを片手にステージの上から観客をわかす人気ロックバンド「テストライダース」のメインボーカル、人々にレンズを向けるドキュメンタリー映像作家。これまでの人生、とにかく自分が興味があることに出会うとのめり込んで、それをカタチにしていく。その歩みは実に軽やかで、楽しそうだ。もちろん、その裏には少なからず努力や葛藤があるのだろうが、それを表には出さない。

マルチに活躍するトシさんだが、その行動の根っこにあるのがサーフィンだ。いい波に乗りたい、もっと波乗りをしたい。そんなサーファーのストレートな思いに従って生きてきたことが、多くの出会いをもたらした。海にほど近い藤沢市鵠沼で生まれ育ったトシさんがサーフィンを始めたのは、ごく自然な成り行きだった。高校生になってから本格的に海に通い始たトシさんだが、17歳でその後の人生を決める運命的な出来事が起こる。一本の映画との出会いだ。

「藤沢市民会館で『フリーライド』を観て、ウヮーとなっちゃって。すごい、こんな波がハワイにあるんだ、と思って。もうイッちゃったね」 

『フリーライド』は往年のサーファーには伝説的なサーフィン映画で、パブロ・クルーズの音楽とアーティスティックなつくりで、今もカリスマ的な人気を誇っている。この作品にすっかり魅せられたトシさんも、いつかこの波に乗りたい、と心に決めた。高校卒業後、1年間アルバイトをしてお金を貯めて、ハワイへ。表向きは留学だが、ハワイ大学に通いながら、サーフィン三昧の毎日を送る。だが、ここでもまた後の人生に影響を与えることになる大きな出会いがある。カレッジでコンピュータのクラスを専攻したのだ。当時、コンピュータといえば大型の汎用機の時代。パーソナルコンピュータが登場するのは後のことだ。だが、「これは将来的にすごいものになるかもとピンときた」。

5年ほどハワイで青春時代を謳歌して帰国。しばらくは酒屋の配達などをしながら、鵠沼でサーフィンの日々。そんな時に、音楽好きのサーファー仲間からバンドに誘われる。

「お前はハワイに行っていて英語ができるから、ボーカルをやれ、となって。人前で歌うのなんて絶対嫌だったけど、先輩に言われたから仕方なく。けど、もう33年続いているね」

初めは単なる音楽好きの集まりだったが、サーファーの間でじわじわと人気を呼び、ギグには多くの人が集まるようになった。ジャック・ジョンソンや故・ムッシュ・カマヤツ氏とセッションをするまでに。

しばらくして、ちゃんとた仕事をしようと決意。その時になって役立ったのが、ハワイで学んだコンピュータの知識だった。大手のコンピュータシステム会社に採用されて、エンジニアとして勤務することに。そして、1990年、30歳でコンピュータグラフィックの会社を設立した。その最先端をいく映像技術は各界から注目を集め、大学や大手のIT会社の研究が見学に訪れたという。

もちろん、波があればビーチへ向かうのは相変わらず。1992年には、ロングボードのプロ資格も取得。はた目には順風満帆な日々のように見えたが、10年ほどして会社を辞めてしまった。

「何でだろうね。デジタルの0と1の世界で長くやってきて、もうあんまりかかわりたくないと思ったのかな」

トシさんが興味を向けたのが、アナログな人間だった。現在は、ビデオカメラを手に、人が織りなすドラマや歴史を追うドキュメンタリーの映像作家として活躍する。

「すべて偶然といえば偶然なんだよね。よくアメリカのサーファーが"GO WITH FLOW"と口にするんだけど、サーフィンをしているとよくわかる。海ってね、いつも変わっている。自然の流れに逆らうことはできない。人生もそうじゃないかな」

世間一般から見たら、トシさんの生き方はまさに流れに身を任せた自由な生き方だ。それができるのは、トシさんが根っからの湘南育ちだからというのが理由の一つだろう。

「今から思うと、子どもの時とかって、ここには『ちょっと違う人達がいっぱいいるな』って感じてた。作家や画家や映画の関係者とか、文化人が結構いっぱいいるなというのは感じてたよね。皆、メロウな感じでさ、他人がやってることはあまり干渉しない。それでいて、自分がやっていること、仕事にしても遊びにしてもを楽しんでやってる、という」

聞くところによると、トシさんは先祖が鵠沼に住んでから7代目だそう。納得である。↙︎

OUTPUT
「好きなことをやるというのは、好きなことに対して責任を持たなきゃいけないと思う」

ハワイに滞在していた5年間をのぞき、人生のすべてを鵠沼で過ごしてきたトシさん。

「湘南は、やはり環境がいいよね。海も山も然り。生活の中に自然の流れが常にある。東京にはないよね、海の潮の匂いとか」

だが、時代とともに、その環境は変わってきたとも感じている。自然は減り住宅は増えて、どんどん開発が進んでいる。確かに「昔の湘南は自然も多く、人も少なくてよかった」という地元の方の声を耳にすることも少なくない。移住者にとっては少々耳が痛い話だが、トシさんは真っ向から否定する。

「それはもう、しょうがない話。社会も変われば、人も自分変わる。それを受け入れて、一緒に共存しなければと思うんだよね。昔からの鵠沼の人たちって、そういう変化を受け入れやすいと思う。『いいよいいよ!、どうぞどうぞ!』とか、最初から頭から否定するんじゃなくて。来る者拒まず、去る者追わずで」

それは海の中でも、同じだ。

「サーファーも圧倒的に何百倍も増えてしまった。波って人が増えたからって多くくるわけじゃない。だけど、考えてみれば、みんな楽しめるんだからいいじゃんとも思う。ただ、海は常に変わって、人の流れも変わる。だから、絶対に空いてる時ってあるの。そういう場所を自由に選んでやる『フリーダム・オブ・チョイス』というのが、サーフィンのよさだと思うんだ」

流れとともに……。まさに"GO WITH FLOW"の精神だ。とはいえ、トシさんも失われつつある古きよき湘南のサーフカルチャーを惜しんでいる。懐古するだけではなく、それを次の世代に伝えようと行動を起こしている。

「湘南そして鵠沼には、ラッキーなことに波乗りといういう先輩たちがつくってきたカルチャーがある。そのカルチャーをちゃんと残すために、今映画をつくっている。やはり好きなことをやるというのは、好きなことに対して責任を持たなきゃいけないと思うのね。ちゃんとそういった歴史を残すというのが、今俺のやる目標の一つかなと思って」

トシさんが今手がけているのは、『JAPANESE BREAK』という日本のサーフィンのルーツを探るドキュメンタリー映画だ。日本はもとより、ハワイやカリフォルニアまでロケに足を運んだ意欲作だ。4部構成の大作だが、湘南のサーフィンのパイオニアたちに取材を重ねて、当時のサーフカルチャーを浮き彫りにしている。「昔の波には絶対乗れない。でも昔のサーフボードには乗れるんだよ」とサーファーらしいたとえで作品を語るトシさん。来る9月15日、あの人生を変えた藤沢市民会館で上映するという。

"GO WITH FLOW"、これから、トシさんはどのような流れとともに生きていくのだろうか?

ESSENCE FOR HIS LIFE

THE PADDLER PROFILE

田中俊人

1960年藤沢鵠沼生まれ。映像作家。サーフィンのドキュメンタリー映画を手がける。また人気ロックバンド「テストライダース」のボーカルとしても活躍。元プロサーファーと多彩な顔を持つ。
9月15 日、最新作『JAPANESE BREAK』を藤沢市民会館で上映予定。
https://japanesebreak.com/

取材協力: STANDARD STORE