THE PADDLER 湘南で自分らしく人生を切り拓いてゆく男たちを紹介

THE PADDLER | 006 Mr.Naomi Kazama カザマナオミさん
アーティスト|江ノ島

湘南には、自分らしく人生を切り拓いていくために漕ぎ出す人たち=THE PADDLERがいる。そんな男たちの物語。
第6回はアーティストのカザマナオミさんが語る、江ノ島/鎌倉でのアートとヨガのある暮らし。

Photo:Taisuke Yokoyama  Text:PADDLER

湘南のスピードに合わせたヨガとアート活動

神奈川県藤沢市にある江ノ島の島内に、アトリエを構えているアーティストのカザマナオミさん。サンディエゴのアーティスト、シェパード・フェアリーに師事し、主にシルクスクリーンという手で刷ることができる技法を使った活動を行っている。鎌倉生まれのカザマさんが、東京やアメリカ西海岸を経由して故郷に戻ってきたのは14年前。「スピードもゆっくりで居心地がいい」と、創作にとって理想的な環境を保てているようだ。

「東京では固定費が高いので、その分、稼がなくてはいけません。自分は金を稼ぐことが得意とは思えないし、お金のことばかり考えると、“頭”ばかり使ってしまって“心”がなくなる状態になってしまいます。それは東京よりも鎌倉や江ノ島のほうがバランスが取れています」

「頭と心のバランス」を意識したのは、ここ数年始めたヨガのおかげだという。きっかけは腰や首を痛めてしまったこと。整体など一時的には治るが、より根本的に身体のケアをしたいと感じていた。そこで見つけたのが、著名なサーファーであり、サーフィン×ヨガの第1人者といえるジェリー・ロペスが手がけるヨガDVD『YOGA Gerry Lopez Style』。こうしてヨガを始めることとなった。

「ヨガの聖地」と呼ばれるインドのリシケシという街に行ったときのことだ。町中にヨガクラスはあったが、カザマさんの目にはその多くがビジネスライクで、東京で習うのと変わらないように映った。しかし町外れに、おじいちゃんがひとりでやっているヨガクラスを見つけた。

「その人なりに改良したヨガでした。呼吸法をやって、ポーズをひとつ、屍のポーズをやって説法。そのルーティン。最後に『おい日本人、変なポーズやってみろ』と言われて、やってみると当然みんなが笑う。すると『今、みんな笑ったね。笑いは大切、心がやわらかくなるね』と言う。そして自由料金でした。ビジネスライクなクラスも否定はしないけど、こちらがヨガの本質なのではないかと思いました」

基本的には「気が向いた」ときにヨガをやるという。自分の身体が欲しているタイミングだ。毎日やることもいいが、義務にしてしまってはいけない。

「練習やトレーニングのようにしてしまうと、できないポーズをクリアしたくて無理矢理になってしまいます。すると知らないうちに力が入ってしまって、神経を痛めたりする。僕も、2回ほどヨガで怪我をしています。一生懸命さよりは、気持ちよさを追求すべきです。昔、あるスノーボーダーに聞いた話です。トリックをしたときに失敗しそうになると、普通は力でなんとか戻そうとする。しかしヨガをやってからは、うまく力を抜いて着地することができるようになったと。無呼吸になっていても、フーッと息をつくことができる。こうしたことが自然とできるようになるんです」↙︎

“頭と心のバランスが整った状態を目指す”

アートの創作活動にヨガが影響を与えた

カザマさんにとって、ヨガはプライベートなプラクティス。身体のケアだけでなく同時に精神状態を整えることができる。だからひとりでヨガをやるのが好きだという。

「ヨガをすることによって精神状態が整うと、自分が何をすべきか自然とわかってくる。そう考えると、すべてがヨガ的に考えられるのではないか。何を食べて、何を食べない。しっかり働く、ちゃんと掃除する。当たり前のようにきちんと生きることが、すべてヨガである。そう捉えられるようになりました」

こう考えると、「ポーズをするもの」という断片的だったヨガが、生活全般に広がる可能性を感じてきた。

「だから“イヤー・オブ・ベスト・ヨガ”みたいな人より、よほど近所の八百屋のおばちゃんのほうが立派なヨガ人である可能性がありますよね。その人がどう人生を捉えて、自分らしく生きていくかが重要です」

カザマナオミさんは、昨年末は徳島県にいた。阿波エリアの吉野川市は手透き和紙の里。そこに一定期間滞在し、地元の文化や風土にふれながら創作活動をしていく「アワガミ アーティスト イン レジデンス」に参加するためだ。そうした創作活動にヨガが影響している。

「できた作品を思い返してみると、頭と心が気持ちよくつながった状態で取り組めたと思います」という。

「グラフィック出身なので、作品はどうしても具象になりがちです。しかし、心を惹かれるものは抽象的なものが多い。自分で抽象的なものを創り出そうとすると、“抽象をつくりだすという行為”を頭の中で構築することになります。でもそれでは到底納得できるものは生み出せません。そこで、柄や枠というものを取っ払ってしまおうと思いました」

環境設定まではするが、その先は、素材の自然な動きに任せるという手法である。

「インクという液体に自由な態度を取らせます。僕の意思は反映されません。何がどうなるかわからない。特に今回は、和紙と墨を使いました。キャンバスとアクリル絵の具に比べると、まったく均一ではありません。滲み、かすれなど、刷るたびにハプニングが起こりました」

最近では、このようなインクの自然な動きに任せるヨセマイトプリント(ヨセミテの大自然とダイナマイトの大爆発を掛け合わせた造語)に熱心に取り組んでいる。

カザマさんは、生きるために絵を描いている。生きる=自分を表現すること。それは“好きなことをやる”というよりは、頭と心が一体となっていることをやること。ヨガから導かれた思考は、アートにも生活にも生かされている。

Christo

何でも包んでしまう「梱包」というスタイルが有名な美術家、クリスト。企業協賛など受けずに自分たちのみで制作。形にするまでの熱意に共感するという。

NIRVANA

90年代に活躍したグランジロックバンド、ニルヴァーナ。「頭に思い浮かんだ“やばい!”という人間誰しもが持っている本質的な衝動にしたがっている」

Charles Bukowski

アメリカのアウトローな作家、チャールズ・ブコウスキー。「自分には自分のストーリーがあり、自分にしかない感性がある。それに集中していることがすごい」

『Stillness Speaks』

エッグハルト・トールの著作。人生に疲れたときに浮かんだ「I cannot live with myself」という文章に含まれるふたつの自分。「I」よりも「myself」を大切にした生き方を説いている。

THE PADDLER PROFILE

カザマナオミ

アーティスト。鎌倉生まれ。
1998年、カリフォルニア州サンディエゴにてストリートアートの先駆者OBEYことシェパード・フェアリーと出会い、シルクスクリーンプリントやアートを通じて社会へアプローチをする方法に興味を抱き、製作を始める。帰国後、ストリートにてスクリーンプリントポスターを貼り、作品を発表。東京、中目黒にて「大図実験」というギャラリーを友人とオープンさせる。NYと東京をベースに活動するアーティストペインティングコラボレイティブのバーンストーマーズへの参加。以降、作家としてニューヨーク、パリ、ロンドン、ストックホルム、ミュンヘンなど国内外のグループ展への参加や個展を中心に活動する。