THE PADDLER 湘南で自分らしく人生を切り拓いてゆく男たちを紹介

THE PADDLER | 016 Mr.Kota Tobinai 株式会社ゴールドウイン ヘリーハンセン事業部/ セーリング競技ユースナショナルチームコーチ|葉山

湘南には、自分らしく人生を切り拓くために漕ぎ出す男たち=THE PADDLERがいる。
彼らを突き動かすもの、そして、視線の先にあるものは?
INPUTとOUTPUTという二つのワードから、その行動を探る。

Photo: Rai Shizuno  Text: Paddler

INPUT
「冬の海、沖はものすごく寒いんですよ。本当に嫌でしたね。 そして何より海が怖かったんです」

帆で風をとらえて海を進むヨット。帆船の起源はどうやら7世紀のアラブの話になってくるそうだが、ヨットという名が使われるようになったのは14世紀のオランダだとされている。日本にも古代から帆船はあったわけだが、日本におけるヨットの歴史は1882年(明治15年)に横浜で造られたヨットが葉山の海で帆走したことから始まる。

「湘南はセーリング人口が多い土地ですね。中でも葉山は伝統的にヨットが盛んです。家の近くの森戸海岸でヨット部の大学生が練習している光景が、小さかった僕にはすごくかっこよく映りました。そんなこともあって僕も幼馴染の友だちと一緒にヨットを始めたんです」

ゴールドウインに勤務しながら、ユースのナショナルチームにコーチとして参加する飛内航太さんがヨットを始めたのは小学3年生の時。地元・葉山のジュニアチームに入ったそうだ。

「航太」と名を付けた飛内さんの父はヨットのディンギー競技でオリンピック出場を目指していた選手。父にヨットの指導を受けたことはないそうだが、その存在は大きかったに違いない。

「父はヤマハのヨットプロチームの監督をしています。母はアスリートの食事と栄養の管理をする『アスリート・フードマイスター』の資格を取り、現在は父のチームの専属になって、夫婦で一緒に世界を回っていますね。昨年の正月、試合でオーストラリアにいた時に父にメールしたら、父もヨットの大会でオーストラリアの違う町にいた、なんてこともありますね」

幼い頃から海遊びが好きだった飛内少年だが、実はヨットに関しては泣きながらやっていたそうだ。

「冬の海、沖はものすごく寒いんですよ。本当に嫌でしたね。そして何より海が怖かったんです。それでも続けていました。中学の時に全日本で良い順位に入れたんです。その頃には身体もできあがってきていて、ヨットが楽しくなってきました。それで日本一を目指して高校、大学とやり続けましたね。でも、ずっと2位止まりなんですよ。すべてをかけて望んだ大学最後の試合も、僕のミスで負けてしまって4位。優勝したらオリンピックを目指そうと思っていたんですけど、日本一になれなかったその試合で選手としてやっていくのをあきらめました」

その後、ヨットの他に好きだったものが洋服だったこともあり、ゴールドウインの『ザ・ノースフェイス/ヘリーハンセン 鎌倉店』に入社。店舗スタッフを経て、ヨットと関わりの深いマリンウェアブランド「ヘリーハンセン」の事業部プロモーションチームに配属される。そんな時に高校生の時から憧れていた選手がナショナルチームのトップコーチになり、飛内さんがユースのコーチに誘われることになった。そして2015年にコーチに就任。

仕事がオフの日にナショナルチームのコーチングをし、日本国内はもとより世界各地で開催されるセーリングの大会に遠征する日々を送っている。↙︎

OUTPUT
「自分が海で教わったことは、いろんな人にシェアしていきたいと思っています」

「休みっていうのはあまりありませんね。土日はほとんど江ノ島にいます。ひたすら朝からコーチング。だいたい1日最長8時間ぐらいゴムボートの上に乗ってます」

2020年のオリンピックのセーリング競技は、江ノ島を起点に長者ヶ崎沖までの、まさに湘南の海が会場になる予定なのだが、この海はヨットにとってはとても魅力的な海なのだという。

「海外の海と比べてみてもとても特徴的ですよ。波がある日とない日、風がある日とない日、潮流がある日とない日。その差がすごくあるんですが、そんな海面ってあまりないんですよ。前にニュージーランドに行ったことがあるんですけど、滞在していた10日間ずっと強い風が同じ方向から吹いてるんです。そして、同じタイミングで同じような波が来る。それだと正直ちょっと飽きちゃうんですよね。湘南の海は毎日違う表情を見せてくれるんです。これがすごいところですね。沖から見る地形や町の姿も個性的ですし、富士山が見えるのもいい。海外の選手はこの海に来ると必ず『富士山をバックに写真を撮ってくれ』って言うんで。『夏はガスって見えねえよ』って教えてあげますけど(笑))」

飛内さんは海からの目線を持っている。ヨットに乗り、沖から海を見る目線を。そして、少年時代から遠征で海外の海を見てきた彼だからこそ見える、湘南の海の魅力があるのだ。

「僕らはセーリングをするセーラー同士で『シーマンシップ』についてよく話します。そして最近、同じ海をシェアする友人のサーファーや漁師ともよく話すのが、湘南の“見えない壁”についてです。サーフィン、ウィンドサーフィン、ヨット、カヤック、そして釣り人や漁師。湘南の海にはいろんな形で海に接している人がいますが、それぞれで自分たち以外を理解しようとせず、周りに壁をつくりがちですよね。それが原因でトラブルになったりすることもあります。僕はその壁をとっぱらっていきたいなと強く思っているんです。いろんな形で海に接している人同士がお互いのことを理解して、自分が持っている海の知識や技術や楽しみ方をシェアしていったら、もっと面白くなると思うんですよね。例えばセーラーがヨット以外のマリンスポーツのことを深く知ることでヨットの競技力も上がると思うし、同じくサーファーだって他ジャンルのことを知ることでサーフィンの新しい魅力に気づくかもしれないですよね。湘南のセーラーに足りないところはそこだと思うので、僕は自分が指導している選手たちにもよく『みんないろんなことをやろうぜ』って言うんです」

これは何事にもジャンル分けをしがちで、日常や職場などのあらゆるシーンで壁や派閥をつくりがちな、日本人の根本的な問題にも繋がって来るのだろう。
飛内さんのように実力もあって、広い視野で物事を見ることができ、オープンなマインドの持ち主こそが、その壁を壊していく大きな力になっていくに違いない。

「自分が海で教わったことは、いろんな人にシェアしていきたいと思っています。9月に『ヘリーハンセン』でディンギーを1艇買うんですよ。葉山マリーナに置いていろんな人を集めて遊ぼうかと思ってるんです。オーストラリアとかには時間貸しのヨットがあって、男が可愛い女の子を乗せてデートしてたりするんですよ。日本もそういう感じでヨットに触れ合えるようになったらいいですよね。湘南、日本に新しい海の遊びを定着させたいです。『今日は134号線が混んでるから江ノ島までちょっとヨットで行こうか?』なんていうムード、最高じゃないですか」

ESSENCE FOR HIS LIFE

THE PADDLER PROFILE

飛内航太

株式会社ゴールドウイン ヘリーハンセン事業部 プロモーションチーム。
セーリング競技ユースナショナルチームコーチ。
1988年葉山生まれ。小学3年生からヨットを始め、競技選手を経て、ヘリーハンセンに勤務しながら、ユースのナショナルチームコーチを兼任。セーリングの魅力を広く伝えるべく活動中。