PADDLER’S EYE 湘南の今を独自取材した特集と連載

SPACE PORTRAIT #002 スーパー跡地に実現した理想の職住空間
櫻井邸 | 二宮

「家」は住み手そのものを映し出すポートレート。
魅力的な家には、魅力的な主がいる。
その人の生き方、価値観、思想が滲む彼の居場所へ。

2018.01.06 SAT | UP

Photos:Nobuo Yano  Text:Paddler

外の価値観から解放され
心と身体がひとつになれる場所


高速・小田原厚木道路の二宮の出口から数分、海と山にも至近距離にあるなだらかな丘陵地。ふと思い立ったら、都心や他の町々へも、深い緑や潮の香りに包まれる山や海へも、すぐさま導いてくれる——そんな立地に櫻井さんの住まいはある。

家具職人として岡山、大阪で活躍してきた彼が、新拠点に遠く離れたこの地を選んだのはなぜか? 決してこの地にゆかりがあったわけでもない。ただ、自分らしく家具づくりができる環境へ、という思いがここに彼を導いた。

「コンクリートに囲まれた場所が嫌いなんです。僕の中には、せかせかとした場所ではなく、環境の良い場所でのものづくりの方が、いいモノがつくれるというイメージがあって。もともと、田舎や海と山のある環境が好きで、自分の力を発揮できる空気がここにあったんです」

子どもの頃、転校を繰り返してきたという櫻井さんは、環境の変化に柔軟でありながら、自分の価値観を大切に生きる術を自然と心に蓄えてきたようだ。芯のある生き方が、家具作りはもちろん、暮らす環境づくりにも強く映し出されている。

彼の住まいは、延べ床面積70坪、10台収容できる駐車場を抱えた元スーパーマーケット「コープ」であった建物。住居にはほど遠い設備しかない少々厄介な「四角い箱」は、櫻井さんにしてみれば「シンプルであるがゆえ、大きな可能性を抱える空間」だった。彼は迷うことなく飛びついた。

「やりたいことをすぐに実行できる。そんな行動力を活かせない環境は僕にとってストレスなんです。ふと思い立って、すぐに動ける、製作ができる。せかされるのではなく、自分の熱意や思いが原動力となったものづくりがしたいんです」。

そう、櫻井さんのアイディアは、住居と家具工場が一緒である住まいだった。自らの手で低い天井や余計な壁や仕切りを排すなど、半年をかけた大掛かりな改装は、扉1枚で住居と工場を繋いだ。そして、水平に抜ける伸びやかさと、想像を掻き立てる自由な間取りを実現した。
プライベートと仕事場、オンとオフがフラットな一直線上に共存する住まいは、櫻井さんの心と身体がひとつになれる場所。↙︎
つくりながら暮らしてゆく
そのプロセス自体が家の魅力


とはいえ、櫻井邸はまだまだ未完成。奥さんと愛猫を呼び寄せての新生活はスタートしたが、むき出しのダクト菅や天井の処理など、手をつけたい部分がまだ多く残るという。家具も本当に欲しいものを1点ずつ手づくりし、プラスしてゆくスタイルだ。だが、ここにはすでに、ゲストたちを惹きつけてやまない独特の魅力と居心地がある。 “飾り気はないけど個性がある” という櫻井さんが主宰する「WEND」が提案する形が、未完成の空間にも息づくからだろう。

かつて店舗のバックヤードだった住空間には、巨大な取っ手を持つ冷蔵室や無骨な鉄の扉、ヒビや施工時の殴り書きが残るモルタルの床などが顔を覗かせる。一般的な住居にはありえないインダストリアルなパーツも、この家では特別感のある大切な意匠。
「ここにもともとあった意匠や傷、シミなども味があってすごくいい。僕はそれを生かして家づくりをしています」。

そんな櫻井さんの価値観は、自身の家具づくりに通じるものだ。木の割れや節、白太など、欠点と言われるものを表情として取り入れ、それを個性として活かしている。素材の持ち味と温もりが息づくWENDの家具には、同時に細身のシルエットによる軽快性と品も備わっている。そして触れると驚くほどに優しく滑らか。丁寧な手仕事と美意識がディテールにまで行き届いているのだ。

シンプルに削ぎ落とした室内で、無骨な空間の個性とWENDの家具が互いの表情を引き立てるようにマッチする。そしてそこに絶妙な間を持って飾られた、アンティークのオブジェや古道具、ヴィンテージのラグや照明の数々がまた、大量生産された新品の産業品には決してできない味わいのある落ち着いたムードを演出している。

「ここにあるのは、木や鉄、真鍮やアルミといった僕が大好きな素材のものばかりです。それら異素材の組み合わせでも、色彩のトーンや素材感、手触りを統一しています」。
日に焼けたブラウン、粉を吹いたような錆色、鈍く輝くシルバーやゴールドに、マットなブラック。心地よい一定の温度は、家具づくり同様に注がれたインテリアへの細やかな視線から生まれている。

「ずっと未完ですよ(笑)」と櫻井さんは謙遜する。けれど、「つくりながら暮らす」彼のデュアルライフこそ、この家の魅力そのものだと感じてならない。今後10年先も、きっと彼は今と変わらず、足りないモノや心地を発見しては「日々」をつくり上げているだろう。昨日とは少し違う今日、そして明日。だからこそ、次に訪れる日が楽しみなのだ。

OWNER'S PROFILE

櫻井智和

家具作家
岡山県出身。岡山で木工技術を学んだ後、家具づくりの仕事をスタート。大阪の家具屋での7年半の家具づくりを経、独立。2017年、神奈川県・二宮町にて、独自の家具工場「WEND」を設立。木、鉄、真鍮や籐といった天然素材の表情が生きるシンプルな家具には、日常に生き、それぞれのオーナーの使い方と時間で個性が育くまれるように、という思いが込められている。