PADDLER’S EYE 湘南の今を独自取材した特集と連載

SPORTS&OUTDOOR #003 SUPクルージング -前編-
「波の向こうに広がる景色」
金子ケニーさん

スタンドアップパドルボード=SUPは、この数年で湘南の海でもすっかり市民権を得た新しいアクティビティだ。
湘南エリアではクルージングを楽しむ人口の急増とともに、SUPを取り巻く環境は大きく舵を切ろうとしている真っ只中。
その舵を握っている一人は、間違いなくSUP界のトップランナー・金子ケニーさんだ。

#003 SUPクルージング -後編-はこちらから

2018.01.14 SUN | UP

Photos : Yasuma Miura  Text : Kei Ikeda

海に救われた記憶

「幼稚園に通い始めたくらいから、父にサーフィンをやらされていました。そのせいで、子供の頃は海が嫌いだったんですよ」

2017年に出場した国内のSUPレースを総ナメ、今や日本に敵なしと無双状態の金子ケニーさんだが、茅ヶ崎で生まれ育った幼少期は海にあまりいい思い出が残っていないそう。

自ら海に足を運ぶようになるのは、8歳で南カリフォルニアに移住してからのこと。友人と波乗りに行き始め、ジュニアライフセーバーとして少しずつ海に親しむようになっていった。
しかし、当時のケニー少年が青春を捧げていたのは、海ではなくサッカーだった。その足前は、アメリカの年代別ナショナルチームに選ばれるほどで、17歳になって帰国してからも、プロサッカー選手になること、そしてW杯に出場することを目指して練習に励んでいた。

「でも、大きな膝の怪我をしてしまってサッカー選手の夢は諦めなければなりませんでした。気晴らしに波乗りに行っても、カリフォルニアと比べると湘南の海は波がある日も少ないし、すごく混雑してる。海からはすっかり足が遠のいてしまいました」

ありったけの情熱を捧げて来た道が絶たれ、ましてや長く住み慣れたアメリカから帰国したばかり。その心境は想像に難くない。
「2人でちょっと漕ぎに行かないか」
塞ぎ込んでいたそんな毎日を変えたのは、父からの何気ない誘いだった。

「その日の湘南の海は、いつも通りサーファーで一杯。でも、カヌーで少し沖に漕ぎ出すと周りには誰もいない空間が広がっていて、そこは見知った海とはまったく違う景色でした。子供の頃も父と漕ぐことはありましたが、ただ淡々と漕ぐだけの何が楽しいのか理解できなかった。けど、この時は久しぶりに心から楽しいなって思えたんです。オンショアのウネリに乗って戻ってきたんですが、前乗りもされないし、乗りたい波に乗り放題。パドルスポーツにハマったのは、この日がきっかけです」↙︎
国際サーフィン連盟(ISA)世界選手権で競り合うケニー。昨年は世界12位という成績を残している PHOTO: ISA SURFING
ホームは葉山の大浜海岸。一日体を動かさないだけでウズウズしてしまうのだとか
SUPに出会った必然

大学に進学した金子ケニーさんは、ハワイで行われているカヌーの世界大会に参戦し始めるようになる。そこで出会ったのがSUPだった。

「当時、カヌーだけで生活ができるプロ選手は世界的にもいませんでした。でも、海外のトップ選手の何人かはカヌーと並行してSUPのプロとして活動していることを知ったんです。『え、漕いでるだけで毎日ご飯が食べられるんだ!』って驚かされて、僕もすぐにSUPに乗り始めました」

SUP競技には、サーフィンのように波に乗って得点を競う「ウェーブ」と呼ばれる種目もあるが、彼が主に参戦しているのは長い距離を漕ぎ、タイムを競う「レース」。基本は6kmから20kmで争われる洋上のマラソンのような種目である。

参戦当初からカヌーで鍛えたパドル力には少なからず自信があったが、初めは国内のレースでも近所にいるようなおじさんに負けてしまったそう。そこで、生来の負けず嫌い魂に火がつく。猛練習を重ね、気づけば3年前に全日本チャンピオンに輝き、現在は世界でもTOP10を狙えるほどにまでメキメキと腕前を上げてきた。

わずか数年の競技経験で、世界でもトップクラスの選手になれたのは必然だった。幼少期からサーフィンで培ったボードコントロールと、大きい波にもひるまない度胸。カヌーで得た波や風を読む力。そして、サッカーで培った高い心肺機能と脚力の強さと、海外で切磋琢磨してきたことで海外選手にも引け目を感じない精神力。それまで辿ってきた人生すべてが、SUP競技者として十二分な下地になっていたのだ。

「今まで身につけてきたことが、ちょうど上手く合わさって働いてくれた。さらに、僕が始めた頃の日本はSUPが盛り上がり始めるかどうかの時期。求められる能力としても、出会えたタイミングとしても、すごいラッキーだったなって思います」↙︎
漕ぐだけでなく、時にはウネリを捕まえて、波にも乗る。海の総合力が試される競技だ
艇庫を設けた庭先は、湘南ではなく、ハワイに訪れたかのような雰囲気が漂う/話題のフォイルサーフィンにも取り組んでいる。「すごく今後の可能性を感じる遊びですね」
漕ぎ続ける理由

日本のSUP競技を取り巻く環境は、世界のそれと比べると10年ほどの遅れがあると言われている。2024年のパリ五輪ではSUP競技が採用される可能性もあり、この10年の差をどう埋めるかは日本SUP界全体の課題だ。

この差を解消するためにも、まずは世界と対等に戦える経験をさらに積み重ね、世界大会でも表彰台に登ることが彼の直近の目標である。そこには単純に表彰台に立つ快感を求めているのではなく、より大きな思いがある。

「日本人でも海のパドルスポーツの世界で活躍できることを証明して、今、頑張っている子供たちが将来目指すモデルケースに僕自身がなりたい。競技に限らずSUPやカヌーを漕いでみよう、海に触れてみようという人も増やしたいんです。僕自身、辛かった時期に海に救われた経験がありますからね。そのために僕ができる一番の近道は、選手として結果を残すことでみんなにSUPを知ってもらうことです。波打ち際から沖に1km出るだけで、海の景色は別のものになる。僕の競技が、みなさんがこの素晴らしい世界を知るきっかけになってくれればと思ってます」

普段、僕らが街やビーチから眺めている海は、地球の70%を占める広大な海の一部でしかない。サーフィンを楽しんでいる人でさえ、触れているのはほんの末端だけなのだ。その波の向こう側に広がる景色の素晴らしさを僕らに伝えるために、彼は今日も世界を相手にどこかの海で懸命にパドルを漕ぎ続けている。
庭先に立てかけられたたくさんのパドルの向こうには、父の写真が飾られていた
体格や国籍の違いには物怖じしない。海外レースでは英語が堪能なこともプラスになるそう
毎日のトレーニングは欠かさない。今日も葉山の海に行けば、彼の姿が見られるかも

PROFILE

金子ケニー

茅ヶ崎生まれ、カリフォルニア育ち。現在は葉山在住。
2013年から本格的にSUPを始める。翌2014年には全日本SUP選手権で初優勝、2017年に二度目の全日本チャンピオンに輝く。2015年からは海外レースにも転戦し始め、2017年の国際サーフィン連盟(ISA)世界選手権は12位の成績を収めた。
主なスポンサーはJP Australia、Trump Wetsuits、ザクロ屋、エアロテック、BRAVO!、自然電力。ちなみに、父は島から島へと渡る挑戦を続けるオーシャンパドラーのデューク金子。弟はミュージシャンとして活躍するマイケル カネコである。