PADDLER’S EYE 湘南の今を独自取材した特集と連載

PADDLER'S GALLERY #005 中尾 寛さん  

「つまずくことで人は考える」便利で差別なく住みやすい社会。
それは人間の思考を停止させてしまうユートピアかもしれない。

2018.03.06 TUE | UP

Photos:Nobuo Yano  Text:Emiko Kobayashi

《black maria》セゾン現代美術館
《stawell steps》オーストラリア
《gisant transi》セゾン現代美術館
《weekendhouse》
空間に窪みを空けること

「湘南工科大学」は、数ある湘南の大学の中でも最も海に近い立地にある。藤沢・辻堂のビーチから、気持ちよい潮風が通称サーファー通りを抜けて、キャンパスに届くことも。中尾寛さんは、そんな最高のロケーションで空間、環境デザインを教える大学教授である。教授就任とともに都内から藤沢へ移り住んで3年、「とても住みやすい街」と笑顔で答える。

中尾さんは、京都工芸繊維大学で住環境を学び、「建築家」という肩書があるが、いわゆる私たちが想像する建築家とは異なる。造形作品を手がけるアーティストとしても活動する。建築と造形作品、異質なように思える領域だが、欧米では、建築家が造形的作品をつくることは珍しくないそうだ。空間実験家とでも言ったら良いのか、建築的知見で作品を捉えているものの、一見では建築家が制作した作品とはわからないであろう。そこには建築、デザイン、アートなどの多角的なコンプレックスの垣根を崩す姿勢が垣間見える。

様々な資料が積み重なる研究室には、版画家や平面作家の画集も多い。「絵画の中も脳内で歩いてみる、何でもスケールを考えている」と言うほどいつも物事を空間的に見ているそうだ。空間に窪みをあけ、風景を変えることで人は立ち止まり、思考する。資料の間と間に真っ白な紙が束で置かれ、その上にペンを走らせながら思考する姿は、今まさにこの空間に窪みを作っているようだ。

空間液体説!?

この地球上の空間には空気があり、光があり、時間がある。中尾さんはその中でも光に焦点を当てている。光を液体と捉え、「もしかしたら私たちはこの光の液体の中を泳いでいるのかもしれない」と仮定する。その自身の考えを可視化するために、実験の一貫として学生とともにスローモーション映画を撮った。スローモーションで撮影すると身体が液体の中で浮いているようにも見え、空間がいかに液体的か具象化させる。こういった物質の独特の捉え方は空間だけに限らない。現在、制作している作品はビーチをテーマとしている。大学の学生の卒業制作では必ず砂浜でつくらせているというほど、ビーチにある砂という物質に注目している。砂はたしかに固体ではあるが、粒子が集まり海風に晒されると、とたんに流動的な生き物のようになる。砂と風の風景のビーチを堆砂垣ひとつ変えることで、違うランドスケープを作ることができると語る。

中尾さんはあのビーチの空間にどんな“窪み”をつくるのだろうか。それは必ず私たちに思考する機会を与えてくれるだろう。常にフラットな社会を求めている我々現代人に相反し、急速に進む多様な社会に対応するためには、つまずき、立ち止まり、考えることで、新たな思考を形成する時期なのかもしれない。
次のプロジェクトに向けて様々な資料を元に構想を練る
大学の研究室には大きな黒板が。計画性のない羅列のようで、デザイン的に見える
湘南らしいこと、何にも話していない。「近くのカフェヒュッテのグラタンが絶品!」とカフェの紹介もしてくれた

PROFILE

中尾 寛

1961 神戸生まれ
1985 京都工芸繊維大学住環境学科 卒業
1989 筑波大学大学院芸術研究科修士課程総合造形専攻 中途退学
2015- 湘南工科大学総合デザイン学科教授を務める。

主な展覧会に
「Hiroshi Nakao, Creating Hollows」(Galleri ROM、オスロ)1994年
「Hiroshi Nakao」( Architectural Association School of Architecture、ロンドン)1996年
「Light and Shadow in Architecture」(Deutsche Architekturmuseum、フランクフルト)2002年
「Hiroshi Nakao, Leib, Raum, Plan」( Galarie Renate Kammer、ハンブルグ)2003年
「中尾 寛」(秋山画廊、東京)2016年