PADDLER’S EYE 湘南の今を独自取材した特集と連載

FOOD BATON ながや 長屋偉太さんの日本料理

海や山、自然に恵まれた湘南には、季節折々の旬な 食材が集まる。
その食の豊かさにひかれて、この地に暮らす男達は多い。
食のバトンがつなぐ、湘南のテーブルストーリーに耳を傾けてみよう。
今回、ブーランジェリー・ヤマシタの山下雄作さんから、フードバトンを引き継ぐのは、「ながや」の長屋偉太さんだ。

「#002 ブーランジェリー・ヤマシタ 山下雄作さんのパン」はこちらから

Photos : Pero  Text : Paddler

予約、必須。隠れた名店

天下の名峰、箱根連山を源に、相模湾に清流を注ぐ早川。その河口にある小田原漁港は、神奈川県でも屈指の競り場であり、毎朝、湘南界隈の名うての料理人が新鮮な魚介を求めて集まってくる。その常連の一人が長屋偉太さんだ。

漁港から目と鼻の先、東海道線の早川駅の前に日本料理の店「ながや」を構えている。採れ立ての活魚を逸品に仕上げた懐石、締めのそばというコース料理が評判を呼び、オープンして3年も経たずして、予約必須の人気店になった。地元はもとより、東京からも客が足を運んでくる。取材当日もカウンターもテーブル席も満席だった。

「ただ自分がおいしいと思う料理をご提供しているだけです」と柔らかい物腰で謙遜する長屋さんだが、料理への追求心は並々ならない。銀座、パリ、そして湘南と、活躍の舞台を変えながら、腕とセンスに磨きをかけてきた。

25歳での再出発

幼いころから“食”に興味があったという長屋さん。調理を学べる高校に進学、卒業後は大手の結婚式場グループに入社、和食部門に配属された。そこで経験を積んだが、高校時代に抱いた「いつかは自分の店を持ちたい」という夢が常に頭にあった。結婚式場だと「大きな仕事しかできないので、中々店を持つための修行には…」。そこで全国各地の、名店を食べ歩いた。ここぞという自分が一番気に入った店で修行をやり直そうと思い立ったのだ。

「いろいろな老舗に行ったんですけど、京都の嵐山吉兆に、すごくびっくりしてしまって。当時、本当にすごかったんです。それでこれは絶対、吉兆入りたいと思ったんです」

いろいろと思案した結果、当時銀座にあった「東京吉兆」の西洋ホテル店の門を叩くことに。早速、電話をしたが、取りつく島もなく門前払い。吉兆は、他店の色がつくことを嫌い未経験者の料理人しか採用しなかったのだ。だが、諦めきれずに、電話をかけ直して4回目でようやくチャンスが訪れた。

「それまでと違う方が出て、総料理長に取り次いでもらえました。自分の気持ちを伝えたら、それでは面接するかとなって、では、すぐに行きます、と。実は、店の入っている建物の上から電話をかけていたんです(笑)」

そして、ようやく吉兆で修行することに、だが年齢は25歳。料理人としては遅いスタートだ。実際、先輩格の兄弟子も自分よりも年下だった。それまでに積んだ経験からいって、長屋さんの方が知識も腕もある。だが最初の1年間は、包丁を握ることも許されなかった。調理場に入ることも許されず、朝5時に築地に魚を取り行く。そんな下働きの日々を我慢できたのは、当時付き合っていた今の奥さんの言葉だった。

「どうせまた年下の子に頭を下げて学ばなきゃいけいなら、超一流の店に行った方がいいのでは」

仕事を続けていくうちに、どんどん料理の醍醐味を知るようになっていった。
「食材も違いますし、扱い方も違いましたから、ゼロからやって正解だと思うようになりました」↙︎
「東京吉兆 西洋ホテル店」で修行し、パリで活躍したというユニークな経歴
先付けとかぶら蒸し。昼は4品(1800円)と6品(3200円)、夜は8品(5200円)とおまかせ(8200円)のコースが楽しめる。お好みでさらにアレンジも。魚も野菜も地元産にこだわる
ワインにも力を入れる。おすすめはフランスで衝撃を受けた生産者「ジャン・マルク・ボワイヨ」/一人で包丁を握る長屋さん。「お客さんの顔が見られる小さな店が理想」
パリから小田原へ

吉兆での5年間の修行を経て、長屋さんは海外へ活躍の場を移すことに。そのきっかけが髙橋邦弘さんとの出会いだ。髙橋さんといえば、そば好きの間で知らない人はいないほどの、そば打ち名人だ。髙橋さんの蕎麦教室に通ったことが縁で、名人の弟子がパリで営んでいるそば屋を紹介された。イタリアに仕事で行くことが決まっていた長屋さんは、試しにパリの店に立ち寄った。「円/YEN」という、美食の街パリでも人気の和食レストランだ。吉兆で修行を積んだ長屋さんも納得のる素晴らしい店だった。

「料理人として日本では経験できないことを学んでから、また戻ってきても遅くはない」と、以後、和食の責任者を務めることになった。それから8年、フランスで腕を振る日々が続いたが、「そろそろ長年の夢である自分の店を持ちたい」という思いが強くなった。そして日本に戻り、ながやを開店することになった。

小田原・早川という地を選んだのは、奥さんの地元ということが理由だった。しかし料理人という目で湘南を見ると、そのポテンシャルの高さに改めて驚くことに。山海の食材の豊かさは、世界でも指折りなのだ。

「魚が日々違うじゃないですか。目が新鮮なんです。光っているわけです。そうすると、これで何か料理を作りたいなとなるわけですね。お客さんに今日はこれ食べてもらおう、と。実際、お客さんがすごく喜んでもらえた時はうれしいですね。料理をやっていく上で、大きなやりがいですね」

吉兆で学んだ正統な日本料理、髙橋翁の流れを組んだそば打ち、そしてパリで吸収したフランス料理のエッセンスが湘南の食材を生かして、「ながや」の料理を完成させた。その根底にあるのは、長屋さんの料理への飽くなき追求心だ。

「朝5時すぎに市場へ行って、おそばを打って、お昼の仕込みと営業、そして夜。最後に片付けして帰ると、11時くらいですね。ずっとぶっ通しです」
だが、長屋さんの目は輝いている。
「お客様が自分のやりがいというか、楽しみを見出してくれているんです」

これから「ながや」がどのように店に成長して行くのか、実に楽しみだ。
店の近くの小田原漁港には相模湾の滋味にあふれた魚介が集まる
「湘南の魚は目が光っています。何か作りたいと思うんです」
「毎日大変ですがお客さんが店を後にされる時に、『また絶対来ますね』と言ってもらえたら、それで全部忘れてしまいます。今日はよかったな、と」
WHERE THE NEXT?
長屋さんオススメの一軒は?

ALCARATE(小田原市多古)
アルカレート


「小田原界隈には若い料理人の方が少なくありませんが、北村さんもその一人です。地元の食材を取り入れたイタリアンはどれもおいしいです。家族で利用させてもらっています」(長屋)
ながや
小田原市早川211-2
TEL. 0465-22-8765
OPEN. 11:30-13:30/ 17:30-20:30
CLOSE. 水曜