MODERN LIVING x PADDLER special collaboration

MODERN LIVING x PADDLER 心をOFFにできる家とは?
Vol. 1 対談 by グレゴリー•スター& 末吉里花

「豊かさ」の基盤が、物質的なことからクオリティオブライフへと変わってきた今、
暮らしのONとOFF、シティライフとスローライフのバランスを大切にする人が増えています。
この時代に求められる、充実したOFFを過ごすことのできる家づくりについて、
1951年の創刊以来、日本の住宅シーンをリードしてきた
『MODERN LIVING』誌とともに4話に渡り考えます。

Photo: Makiko Nawa  Text: Sae Yamane

" 自然を身近に感じながら、長く住み継ぐ悦び "

本当の豊かさは、自然を身近に感じながら暮らすこと

湘南に移り住み、土地の自然や文化が調和する素晴らしさを発信するジャーナリストのグレゴリー・スターさん。 エシカル協会の代表理事として都内に仕事場を置きながらも、代々鎌倉に続く実家での生活を大切にする末吉里花さん。「心のOFFを実現する暮らし」について、横須賀市秋谷のグレゴリー邸でおふたりに話をうかがいました。


グレゴリー・スター(以下Mr. G):末吉さんは、エシカル協会の代表をされていると聞きましたが、それはどんな活動ですか?

末吉里花(以下Ms. S):「エシカル」は英語では「倫理的な」という意味で、私たちは「人、地球環境、社会、地域に対して、思いやりのある行動、考え方のこと」と意味づけ、4年前に団体を立ち上げて、エシカルの普及活動をしています。私たちが日々の生活の中で“どのような消費の選択をすれば地球環境を守れるか? ”、“身の回りの品々をつくってくれる人々のことを考えることができるか?” を伝えています。

Mr. G:それは、かなり幅広いですね。

Ms. S:そうですね。このお家にうかがって、昔ながらの古民家をこのような素敵な新しい形にして住んでいらしてすばらしいと思いました。まさに私たちが広めている考え方が詰まっているライフスタイルだなと。単に新しいものを消費することより、古くからあるものを修理しながら長く使っていくことも大切なことです。

Mr. G:そう、古いものをどうやって直して使っていくかを考えるのは楽しいですね。

Ms. S:グレッグさんは日本に来て何年になりますか?

Mr. G:アメリカから東京に来て約50年、10年前からここに住んでいます。末吉さんは鎌倉生まれですか?

Ms. S:生まれはニューヨークで、幼稚園の頃は鎌倉にいて、父の仕事の関係でその後、タイ、鎌倉、ニューヨークと。大学でまた鎌倉に戻りました。

Mr. G:やはり鎌倉から離れられませんか?

Ms. S:仕事が終わり鎌倉に戻ってくると、電車を降りた瞬間に空気の違いを感じます。いったんリセットするためにもこの場所は必要なのだと実感します。

Mr. G:私はずっと長いこと、東京から離れられないと思っていました。出版社に勤めていた時は、新しいレストランとかイベントの情報が必ず入ってくる。刺激もあって、すごくよかった。
Ms. S:何がきっかけでこちらに移り住んだのですか?

Mr. G:ここには30年前から週末来るようになり、のんびりするだけだったのですが、食べ物もおいしいし、海で遊ぶ子どもの顔を見て、育てるのにはいい環境だと思い、10年前、娘が小学校に上がるタイミングで家を建てて引っ越しました。↙︎
グレゴリーさんの家の目の前にあるのは秋谷海岸。サンセットタイムは、富士山と夕日を望める贅沢な眺めを楽しめる

「ここでは、ONとOFFのバランスがうまくとれています」
──グレゴリー・スター

畳の間の隣にはアメリカ製の薪ストーブがあり、和洋の利便性がうまく融合
東側の広い軒先は、夏の朝の涼やかさを日中保ち、珪藻土の壁は湿気を吸収して、エアコンの出番は少ない

「自然に囲まれた土地では、木をベースにした日本家屋が似合います」
──グレゴリー・スター

Ms. S:この家はリフォームされたもの?

Mr. G:そうしたかったのですが、1 0 0年くらい前に建てられた家で傷みがひどかったので、全部基礎からやり直しました。けれど、木戸や床の間、欄間は「家の心」だと思って、昔のままに遺して使っています。日本の建築を勉強しましたね。日本家屋の技術を使って、洋風とのミックスができるんじゃないかなと。海のある暮らしがわかり、私のアイデアも理解してくれる茅ヶ崎の工務店に依頼しました。

Ms. S:楽しかったのはどんなところですか?

Mr. G:古い建具に合わせて、自分たちで色を塗ったり、手を入れてつくる作業が楽しかった。

Ms. S:長谷にある祖母の家も築80年の日本家屋で、そこがすごく好きなんです。落ち着きますね。ただ木の雨戸の戸袋にリスが住んでガリガリかじられて、維持するのがけっこう大変。

Mr. G:ここも改築前は、台風の時には戸がバタバタいって眠れなかったです(笑)。

Ms. S:昔のままでは使い勝手が悪いけれど、それもまた味があります。この家のように古さと新しさが組み合わせられたらいいですよね。

Mr. G:どちらか一方ではなくて、日本家屋の木の風合いや壁や障子の色をうまく生かして新しくすると、むしろモダンな感じになる。こういう自然の中にある場所だと、木をベースにした家が似合います。鉄筋は強いものの、塩で中まで錆びてしまうこともあります。木の家は呼吸をしているから強いとも聞きます。

Ms. S:塩害は大変ですよね。車や自転車は、すぐ錆びちゃいます(笑)。

Mr. G:海のそばに住むと、ネガティブなこともあります。革の服や靴にあっという間にカビが生えます。でもモノがいらないということもわかる。モノがあふれていた生活が、こちらではミニマムになります。それもエシカルなことなのかな?↙︎
Gregory Starr (グレゴリー・スター) ジャーナリスト、編集者、映画評論家。『プレミア日本版』の編集長や講談社インターナショナル英文書籍部 部長を経て独立。FCCJ(日本外国特派員協会)が出版する『Number1 SHINBUN』の編集などで活躍したのち、出版社「Sora Books」を設立。本メディア『PADDLER SHONAN』では、湘南本来の魅力を受け継ぐための基準を提案する連載記事「SHONAN CODE」を担当
海岸と自宅は植え込みで仕切られ、縁側のようなスペースが。猫は自由に外へと行き来し、潮騒がBGMのように聴こえてくる

「自然と調和して暮らすのがいちばんの贅沢だと気づきました」
──末吉里花

Ms. S:まさにそうですね。エシカル消費にはいろいろなスタイルがあって、言葉を知らないだけで、実はすでに実践している人もいるかもしれません。地産地消、地元の伝統工芸、障がい者支援につながるもの、農薬を使わないオーガニックなもの、フェアトレードなど、多岐にわたります。エシカルとは日本人が大切にしてきた“おたがいさま”、“勿体無い”などの精神と高い親和性をもった考え方です。

Mr. G:人は完全には消費社会からは逃げ出せないでしょう。

Ms. S:それぞれが暮らしの中でなにかひとつでも気にかけることで、少しずつ暮らしが変わる。自分ひとりから変えていく人が増えると大きな流れになる、と考えています。

Mr. G:野菜を買う時はスーパーより無人販売をできるだけ利用しています。でも、時々エコバッグを忘れてしまって後悔もする。いつも意識しているのは難しいですよね。

Ms. S:湘南にいてもそうですから、東京ではなおさら難しい。いつも意識しなくてもエシカルな消費を実現できるよう、商品をつくる企業に向けても働きかけています。そうすれば、お店に並ぶものも変わっていく。

Mr. G:湘南では、そういう動きも起こりやすいですよね。

Ms. S:もともとそんな意識が高い地域なので、たとえば逗子市は関東初のフェアトレードタウンとに認定されています。市民運動も各地で盛んで、エシカルな消費ができる店が増えてきています。

Mr. G:海と山がある場所だから、環境問題が目に入るのでしょう。住んでみるとやっぱり気になる。
Ms. S:その通りです。「Out of sight, out of mind.」。見えないと気にかけない。自然に囲まれているから目立つ、気になる。

Mr. G:特に子どもの頃にそんな経験をすると意識が育っていく。

Ms. S:自然のあるところで幼少期を過ごしたという記憶は残ります。好きなところはずっとそのままでいてほしい。私の今の活動の原点は、鎌倉の自然にあると思います。↙︎
末吉里花(すえよしりか) 一般社団法人エシカル協会代表理事。日本ユネスコ国内委員会広報大使。過去にTBS系『世界ふしぎ発見!』のミステリーハンターとして世界を旅した経験をもつ。 エシカル消費の普及を目指し全国で講演を行う。著書は『はじめてのエシカル』(山川出版社)ほか。8月に絵本『じゅんびはいいかい? 名もなきこざるとエシカルな冒険』(山川出版社)を発表。本メディア『PADDLER SHONAN』の「GIRLFRIENDS」#20にもご登場
左: 目の前の海でSUPを漕ぐ。なるべく自然に触れているよう意識している。右: 日本家屋の木の風合いや障子や壁の白、ナチュラルでミニマムな内装をグレッグさんは「モダン」だと言う

「受け継いでいきたい理想の暮らしの基準を今、つくっています」
──末吉里花

Mr. G:もっと若い時にこっちに来ていたらどうしていたんだろうか? と思うこともあります。アメリカの田舎で育ち、東京に憧れて18歳で来日し、それ以来東京のことは何でも知っていると言えるまで仕事に浸かっていました。でも、あの時があったからこそ、今こういう時をエンジョイできているのかな。たまに東京に行くとすてきな店がたくさんあってワクワクしますが、夕方に近づくと夕日の時間だからまっすぐ帰ろう、となります(笑)。

Ms. S:自然の時間に合わせて動いているんですね。東京にいると太陽の動きがわかりません。見上げても空もわずかしか見えませんから。

Mr. G:こちらでは、雨がもうすぐ降るとか、匂いでわかりますよね。都会にいると、人間としての本能が鈍り過ぎる。この辺から都内に通っている人もけっこういます。通勤時間は大変だけれど、それでも帰ってくる。

Ms. S:私もそうですが、鎌倉に着くとホッとするんです。

Mr. G:みなさんウイークデーはがんばって働き、週末をすごく大事にしています。

Ms. S:自然の近くにいる価値のほうが上回るのですね。住んでみて体で感じて初めて、その価値がわかるのかもしれません。

Mr. G:私も引っ越してから1年間はここから東京に通っていましたが、とてもしんどかった。でもこの10年で距離が離れていてもできる仕事が増えてきて、フリーになったタイミングも良かった。忙しい時期もありますが、暇な時は、朝、SUP(スタンドアップ・パドルボード)で海に出て、畑に行って、16時頃になってそろそろ夕日だからと飲み始めてしまう(笑)。 ONとOFFのバランスがとれていると実感します。

Ms. S:暮らしぶりがよくなるだけでなく、ディーセント・ワーク( * )ができてバランスをとれていると、自分にとって何が本当に大切なのかが浮かび上がってきます。実は、自然と調和して暮らすのがいちばんの贅沢だということも。

Mr. G:そんな視点から、受け継いでいきたい理想の暮らしの基準を少しずつ創り上げ「SHONAN CODE(湘南の基準)」としてまとめたい。この価値観をもっと多くの人々と分かち合うことができればと願っています。


*ディーセント・ワーク 人間の権利と尊厳と健康を損なうことなく、生活を継続的に営める、働きがいのある人間らしい仕事
手足を投げ出してくつろげる畳の間。障子戸から差し込む光に、谷崎潤一郎著『陰翳礼讃』の世界を体験する
畑で採れたジャガイモや玉ねぎを「よかったら」とお土産 に。収穫のおすそ分けは、このあたりでは習慣のよう

Collaborate with

MODERN LIVING

創刊1951年以来、いつの時代も日本の住宅シーンをリードしてきた『モダンリビング』(ハースト婦人画報社 発行)。建築、インテリアの両面から現代の美しく豊かなライフスタイルを提案し続けている。雑誌、デジタル(ウェブサイト、デジタルブック)、リアル(セミナー、アザービジネス)という3分野を網羅し、一般読者からデザイン・インテリアのプロまで、幅広い層にファンをもつ。

*本連動企画は10月7日発売の雑誌『MODERN LIVING』内、およびその公式サイトからもご覧にいただけますhttp://modernliving.jp/