創業は、明治11（1878）年。旧東海道沿いに店を構える、老舗蒲鉾店だ。大磯町は明治期に8人もの首相が別荘、もしくは邸宅を構えた歴史を持ち、明治政界の奥座敷と呼ばれる。そのひとりであった、吉田茂元首相は、「大磯 井上蒲鉾店」のはんぺんをこよなく愛した。当時、店先には黒塗りのロールス・ロイスが停まり、秘書が買い求めたという。

驚くほどにぷりっとした食感と、きめの細かさのあるはんぺんは、グチの身だけを使い、職人が手で型に取り、蒸してつくられる。熟練した職人が1枚1枚手で整えることで繊維の方向がそろい、絶妙の歯触りを生み出す。販売する商品は、はんぺんの他、蒲鉾、さつま揚げの3種類と潔い。さつま揚げは、グチとタラの身を大理石の石臼で練り、にんじんを加え、植物油で揚げてやわらかな食感。一方、蒲鉾はしっかりとした噛み応え。薄く切って曲げても、なかなかちぎれない。厚めに切り、上質なわさびと醤油を添えれば、日本酒に合う最高の肴に。酒の席の手土産として喜ばれること間違いない。

5代目店主、井上寧さんは、「大磯の地に育てられたこのお店を訪れ、風土を味わってもらいたい」と多店舗展開は考えていない。ここにしかない味が人を惹きつけ、約140年にも渡り、大磯へと足を運ばせている。