THE PADDLER 湘南で自分らしく人生を切り拓いてゆく男たちを紹介

THE PADDLER | 049 Mr.Ryo Takanashi 株式会社ゴールドウイン ザ・ノース・フェイス事業一部長
髙梨亮さん | 葉山

湘南には、自分らしく人生を切り拓くために漕ぎ出す男たち=THE PADDLERがいる。
彼らを突き動かすもの、そして、視線の先にあるものは?
INPUTとOUTPUTという二つのワードから、その行動を探る。

Photo: Yumi Saito  Text: Paddler

INPUT
「北鎌倉駅で空気が変わる、あの感じに『帰ってきたなあ』と思うんです」

湘南エリアの中でも、古くからの静養の地として葉山は知られる。古くから、と一言で言っても、それはものすごく“古くから”なのだ。鎌倉時代には将軍家や幕府要人の保養地になっていたというのだから、その歴史は、800年ほど遡ることができる。

海と山がある環境の良さが大きな理由なのだろうが、目には見えない土地の力は確かに存在していて、それに引き寄せられるようにして、現在まで、この土地に移住する人が後を絶たないのだろう。

「横須賀線に乗って都内から帰ってくると、北鎌倉駅で空気が変わる、あの感じに『帰ってきたなあ』と思うんです。そして、逗子駅に降りると海の湿気を含んだ空気に包まれます。駅からはバイクに乗って自宅に向かうのですが、長柄の交差点を越えると、また空気が変わるんです。それが心地いいんです」

葉山・長柄に暮らす、ザ・ノース・フェイスの髙梨亮さん。オフィスがある東京・渋谷との往復生活の中で、家にたどり着くまでに変化する空気を肌で感じているのだそう。
髙梨さん宅が位置する二子山の麓地域が自然豊かなのは知っていたつもりだったが、お子さんを連れて釣りやトレッキングをして遊ぶという“裏山”を案内してもらうと、そこには想像以上の驚きがあった。森戸川を沿うようにして源流域方向に歩くと、やがてトレイルの入り口となる。そこから一歩入ると、森の力がぐっと強くなり、漂う空気が変わるのだ。

それは植物の密度、地面の柔らかさ、静けさなど、さまざまな要因があるのだが、それらがつくりだす空気感がとても心地いい。たとえば、鎌倉周辺の主要トレイルは、往来する人の数が多いこともあり、地面が踏み固められていたりすることもあって、自然の力をそこまで強くは感じないのだが、二子山のトレイルに足を踏み入れた時に“本物の自然”を感じられたのだ。

「サンコウチョウって知っていますか? 日本でも数か所でしか見かけることができない、とても珍しい野鳥なんですけど、この森にやって来るんです。私も一度だけ出会うことができました」

東京から湘南エリアに移住したのは14年前。24歳の時だった。はじめに暮らしたのは鎌倉の材木座。

「学校を卒業してバイヤーとして働き始め、東京を中心に動く生活を送る中で、『ずっとこれが続くのか?』という疑問が浮かんだんです。もちろん、それが悪いわけではないのですが、自分が好きな場所に暮らしてもいいんじゃないかと思ったんです」

湘南エリアへの移住組の多くは、結婚や出産、子どもの成長などに合わせたタイミングが多い中で、髙梨さんはそれらの理由ではなく、若くして芽生えた自分の中での気づきに動かされ、決断した。↙︎

OUTPUT
「自分にとって、帰ってくる場所、帰る必要がある場所ですね」

生まれは山形の蔵王温泉。東北の山の自然が身近にある環境で育った。

「山の近くで育ちましたが、自分ではそんなに激しく山のスポーツをやってきたつもりはないんです。でも、子どもの頃、冬はミニスキーを履いて学校に通っていましたし、校庭ではアイススケートの授業。今思うと特殊な環境ではありますよね(笑)」

山に親しんで育ち、湘南への移住と共にサーフィンに出会ったことで、海にも通う生活を送っている。ザ・ノース・フェイスでは、国内外で話題になった異なるジャンルのブランドとのコラボレーションをはじめ、事業部の様々なプロジェクトを統括している髙梨さん。日常生活や都市生活とアウトドアとの融合という思考は、髙梨さんのライフスタイルとそのままリンクするのだろう。

「アウトドアブランドは自然と密接な関係ですから、環境への取り組みの深さをもっと増していかないといけないと思っています。同時に、日常的にも子どもたちと一緒にいつも海や山で遊ばせてもらっているわけですから、個人ではドラスティックな取り組みはできないかもしれませんが、地球環境に配慮していきたいですね」

アウトドアブランドのみならず、あらゆる業種、そして今の時代に生きるすべての人にとっての課題ともいえる環境問題に対しても、日常的に自然に触れている人とそうでない人では、意識の深度は異なってくるはずだ。↙︎
「長柄という土地が好きなんです。葉山といえば一般的には、華やかなイメージがある一色や堀内だと思うんですが、自分にとっては長柄がとても魅力的だったんです。ほぼ360度を山に囲まれている、とても守られた土地。ここ最近は、逗葉新道に続く通りにはスターバックス・コーヒーができるなど、開発が進んでいますが、一本裏に入れば、蛍が舞う自然がある。そんな自然との関わりが、仕事とのバランスを取るのにとてもいいんです。ここは自分にとって、帰ってくる場所、帰る必要がある場所ですね」

愛せる土地に出会うということは、人生において、とても幸せなことなのだな、とは髙梨さんと話していて感じたことだ。「帰る必要がある場所」。そんな風に思える場所を見つけた髙梨さんに案内してもらったからこそ、この土地がものすごく魅力的に感じたのだろう。その土地を愛する人との出会いで、見えてくる風景まで変わることがある。

自然と都市とのバランス感覚。
これから先、もっと必要になってくるであろうその感覚は、髙梨さんのライフスタイルから学ぶことができる。

THE PADDLER PROFILE

髙梨亮

株式会社ゴールドウイン ザ・ノース・フェイス事業一部長。
文化服装学院卒業後、セレクトショップのバイヤー職を経て、ザ・ノース・フェイスへ。事業を統括する立場として様々なプロジェクトを推進している。