THE PADDLER 湘南で自分らしく人生を切り拓いてゆく男たちを紹介

THE PADDLER | 037 Mr.Kakuro Sugimoto 漢方家・杉本薬局3代目
杉本格朗さん|鎌倉

湘南には、自分らしく人生を切り拓くために漕ぎ出す男たち=THE PADDLERがいる。
彼らを突き動かすもの、そして、視線の先にあるものは?
INPUTとOUTPUTという二つのワードから、その行動を探る。

Photo: Koki Saito  Text: Paddler

INPUT
「漢方は文系の頭が必要。アートと似ている」

先日、一冊の本を手に取った。タイトルは『こころ漢方』。イライラや落ち込み、気疲れや無気力など、心の不調を漢方によって改善することを解説した実用書だ。 漢方に関する本はあまたあるが、ほとんどが体をテーマにしたもの。やさしい本の装丁デザイン、そして、語りかけるようなやさしい文体に、思わず引き込まれた。

著者は鎌倉の老舗、杉本薬局の3代目、杉本格朗さんだ。薬局は、大船駅にほど近い商店街の一角。次々とお客さんが店を訪れて、カウンターの向こうに立つ杉本さんと言葉を交わす。話は、薬だけでなく世間話も。眼鏡の向こうの眼差しはやさしく、にこやかにうなずく。

「祖父や父の代から来ていただいているお客さんや、ご家族の方とかが多いですね」

だが、最近では、杉本さんの評判を聞きつけて、地元だけでなく東京やほかの地域から足を運ぶ人も少なくない。まだ30代だが、その漢方家として堂に入っている。

「幼少のころより、漢方薬は常に飲んでいたので、特別なものというイメージはありませんでした。兄弟全員、カゼをひいてもお腹が痛かろうがケガをしようが、病院に行かずに家で療養でしたから」

しかし、杉本さんは家業を継ぐことは、いっさい考えていなかったと言う。選んだのは、アートの道だった。 大学は芸術学部へ進学。そこで染物や現代アートを専攻した。卒業後は制作活動を続けながら、公募展へ応募を重ねていた。杉本さんに転機が訪れたのは、26才の時。

「父が体調を崩し、その時、母と叔母も働いていたのですが、店が回らないと。そのころ、僕はまだ染物と作品をつくりながら、フラフラしていたので、『まあ両方やれるかな』とバイトがてら入ったのがスタートです」 ↙︎
最初は裏方役だったが、店が多忙になれば接客もしなければならない。だが、漢方に関する専門的な知識はゼロに等しく、お客さんへ販売することができない。窮している杉本さんを助けてくれたのは、周りの漢方家仲間だった。

「父に習うと、どうしてもぶつかってしまう。そこで父や祖父と懇意にしていた先生が月に数回、勉強会を開いてくれて、いろんな先生の所に通うようになりました」

漢方を学ぶうちに、やがて自分が専心していたアートとの共通項を見出す。

「染物と漢方の材料がリンクしていることを知ったんです。草木染めで使う植物とかなり被るものが多い。『内服』と『洋服』って、『服する』で一緒じゃないですか。『材料が一緒だし、おもしろいな』と思うようになりました」

さらに勉強をしていくうちに、漢方にクリエイティビティを感じるようになっていったと言う。

「医療は理系なんですけど、漢方薬は文系の頭が必要なんです。何か物語を読んで治療するような感覚がありますね。お客さんに、住んでいる環境や日常生活を聞いて、悩みを聞く。そして、いつからどういうタイミングでこの人は体調が悪くなって、どのようにバランスを崩していてるんだろう、とその方の体の状態を想像していく。だから、クリエイティブというか、何か条件から絞っていってベストな漢方薬を選ぶ、という作業は確かに作品を制作する時のコンセプトと似ているかもしれません」

漢方とアートが自分の中で結びついたことで、今杉本さんは漢方から新しい可能性を導き出そうとしている。 ↙︎

OUTPUT
「新しい試みを続ければ漢方は生き残る。それが人々の幸せにつながれば」

杉本さんの活動は、今薬局の中から飛躍をしている。逗子海岸映画祭や湘南蔦屋書店でのレクチャーなど湘南のイベントの他、坂本龍一氏主宰のイベント健康音楽や無印良品銀座でのワークショップ、著書の発行もしかりだ。そのフィールドは海外へも広がっている。漢方を一つのコミュニケーションツールとして、人と人を結びつかせ新しい化学反応を起こさせようとしているのだ。

その原動力にあるのが、杉本さんの人に対するやさしさ、思いなのだ。同じ人間がこの世にいないように、極論すれば漢方も同じものは一つとしてない。個人個人の体調や悩み、生活環境によって、調合を微調整していくからだ。そのためには、相手のことをよく知らなければならない。

「そのためにはどうしても信頼関係が必要なので。女性のお客さんもいるので、全部オープンにしづらいところもあると思うので、なるべくそうしていただけるような接客の仕方は気を付けています。何か本当に困って『ワラをもすがる』思いでいらしたお客さんが、自分の理想の生活になれた時というのは、本当にうれしいですね」

さて、この先、漢方家として杉本さんが目指すものとは。

「昔の漢方医の人って、長年トライ&エラーを重ねてきて、有効で安全な材料を見つけてきたと思うんです。今は飛行機があって、宇宙にも行ける。そういう時代の中、今まで手に入らなかった薬草も試してみるとか、例えば月の石も試してみるとか、そういう新しい試みを続けていくことが、伝統医療が残る道なんじゃないかなと思っています。だから、僕だからできる方法で、漢方を日本の新しい文化として世界にも発信していけたらといいなと思います」

「毎日が壁ですよ。漢方の世界にはゴールがありませんから。だけど、終わりがないのが楽しいですね」

ここ湘南で杉本さんが生み出す漢方の新しいムーブメントに注目していきたい。

THE PADDLER PROFILE

杉本格朗

1982年鎌倉生まれ。1950年、鎌倉・大船で創業した杉本薬局3代目。漢方家として、湘南を始め全国で漢方をテーマにしたワークショップやレクチャー、アーティストとのインスタレーションの制作を行う。この春、『鎌倉・大船の老舗薬局が教える こころ漢方』(山と溪谷社)をリリースした。