THE PADDLER 湘南で自分らしく人生を切り拓いてゆく男たちを紹介

THE PADDLER | 046 Mr.Daishi Ii 株式会社サントレーディングジャパン代表 /『VANAVASA BEER+GALLERY』代表
井伊乃士さん | 鎌倉

湘南には、自分らしく人生を切り拓くために漕ぎ出す男たち=THE PADDLERがいる。
彼らを突き動かすもの、そして、視線の先にあるものは?
INPUTとOUTPUTという二つのワードから、その行動を探る。

Photo: Yumi Saito  Text: Takuro Watanabe Edit: Yu Tokunaga

INPUT
「アンチ・メインストリームのつくり手やプロダクトにすごく惹かれますね」

湘南エリアを選んで暮らしている人たちに共通していることは、一言にはまとめられないが、その一つに「カウンターカルチャー」というキーワードがあるように思う。

カウンターカルチャーとは、1960年代のアメリカで最初に起こったムーブメントで、既存の文化や体制を否定し、独自の文化を生み出していく姿勢を指すものだが、この「カウンター」的な思考を持つ人が多いエリアであるように思うのだ。その濃度は人それぞれでも、少しずつ共通する意識があるのではないか。

「アンチ・メインストリームのつくり手やプロダクトにすごく惹かれますね。それはずっとサーフィンやスケートボードをしてきたことも、大きく関係してきていると思います」

鎌倉で『VANAVASA BEER+GALLERY』(以下、『VANAVASA』)というギャラリーを併設した角打ちもできる酒屋を営み、輸入ディストリビューターとして活躍する井伊乃士さんも、カウンターの姿勢を基軸にもって生きるひとり。

この数年、環境問題への意識もあって、マイボトルを持ち歩く人が世界的に急増しているが、ビールを持ち運ぶための「グラウラー」というボトルがある。アメリカ・オレゴン州生まれのこのグラウラー。クラフトビール文化が盛んなアメリカで、ボトリング設備を持たない小さなブルワリーのビールを楽しめるようにと開発されたプロダクトだ。

大手のビール会社に対してのカウンターであるマイクロブルワリーのカルチャーに呼応するようにして生まれたグラウラーに出会ったことが、井伊さんの人生の軌道を変えることになる。

長く勤めていた外資のアパレル会社では商品開発を担当していたが、2017年に退職。個人でディストリビューターの仕事をスタートすることに。↙︎
「しばらく遊んでたんですけど、それじゃいけないぞってことでね(笑)アメリカのユタ州で開催される世界でも規模の大きいアウトドア関係の展示会があるんですが、そこでガレージブランドを探して、ディストリビューターになろうと思ってソルトレークに向かいました。でも、個人としては事前に入場登録の手続きが出来なかったので、まあ大変でした。日本の展示会って名刺2枚あれば入れるんだけど、アメリカはそうじゃなかったんです……」

ソルトレークの街にたどり着いたはいいものの、入場できない事実を知り、途方にくれることになった井伊さん。パスの登録がない場合の入場料は600ドルだったそうだ。

「600ドル? 嘘でしょ? 日本から来たんだよ? って会場入口で嘆いていると、コンシェルジュだというおばちゃんが『私がなんとかするから明日また来なさい』って言ってくれたんです。だから翌朝、彼女にコーヒーを買ってまた会場に行ったんだけど、『ごめんね。無理だった』って(笑)でも、途方にくれて会場周辺をうろうろしていたら捨ててあるパスを見つけたんですよ。『マイケル』とか書いてるやつだったんですけどね。もちろん、それをかけて入りました。2つ見つけたから、嬉しくて2つかけて入りましたよ(笑)」

思わぬ奇跡(?)のおかげで入場することができた会場で目にしたのは、、マイボトル商品を扱うブランドの多さ。その中、一際目を引くフォルムのボトルがあった。

「これはなんなの? って担当者に聞いたら、ビール専用のボトルだって言うんです」

その後、グラウラーを生産する『Drink Tanks』創設者との交流が始まり、日本での展開を任されるようになった。

「今まで見たこともないものをやってる人やモノを見ると衝撃を受けるんです。そんな体験を多くの人に味わってほしいし、それがいいものだということを知ってほしいんです」↙︎

OUTPUT
「人が繋がっていく場になってくれたらいいなと思っています」

東京で生まれ育ち、16歳でサーフィンに出会って以来、ずっとサーフィンを続けてきた。まだ運転免許のない高校生の頃は、サーフボードを抱えて小田急線に乗って鵠沼海岸まで通っていたそうだ。

サーフィン中心の生活を送り、大学卒業後もインドネシアやオーストラリアに長く滞在してサーフィン。日本に帰るとアルバイトをして暮らすという生活を20代半ばまで続けた。

そのアルバイト先に就職することになるのだが、それは外資系の証券会社だった。アルバイト時代を含めて6年過ごした後に、外資系アパレル企業に転職。プロダクトチームとして商品開発に携わってきた。

「証券会社から転職した理由は、価値基準が数字ではない仕事がしたいと思ったからなんです。そこに心がこもってたり、思いがこもっていることをしたいなと」

その後、独立してグラウラーのつくり手に出会った。『Drink Tanks』本拠地であり、クラフトビールの聖地ともいわれるオレゴン州のベンドを井伊さんが訪ねれば、彼らも鎌倉までやって来た。

共に小さな街を行き来し、お互いの暮らす環境を知り、思いを共有することで、交流が深くなったという。惹かれあったのは、どこかに共通する意識があったからなのだろう。

「小さな街同士の共通点はあると思います。鎌倉は小さな街だからこそ、人と人が繋がっていく。そこがすごく魅力的ですよね」↙︎
小さな動きが大きなムーブメントになるのには人の繋がりがあってこそ。その繋がりの場としても『VANAVASA』がある。いわゆる「飲み屋」ではなく、角打ちができる酒屋、そこにギャラリーを併設していることで、コミュニケーションの場としても機能する『VANAVASA』には大きな広がりを感じさせるのだ。

「酒屋なんですけど、子どもから年配の方まで、様々な年齢層の方に立ち寄ってもらえる場所になったら嬉しいですね。これからクラフトビールの量り売り文化はもちろん、国内外のおもしろいアートや文化なども発信していきたいんです。何より人が繋がっていく場になってくれたらいいなと思っています」

ところで、井伊さんはずっとサーフィンと共に生きてきた。そして、鎌倉という海辺の街に店を構えている。ところが『VANAVASA』にサーフィンを感じさせる要素は見当たらない。

「もちろんサーフィンを愛していますし、多くのことをサーフィンから学びました。でも、店ではサーフィンを前面に出さずにやりたいと思ったんです」

ここにも井伊さんのカウンター的姿勢の表れがある。「湘南=海=サーフィン」、これは多くの人が持っているだろう湘南という土地のイメージで、言うなればメインストリーム的な価値観だ。そこに井伊さんの意識は置かれていない。

その絶妙なさじ加減ができる感覚を持つ井伊さんがつくる『VANAVASA』という場は、どこまでも自由で、常に新鮮な空気が入ってくるのだろう。

THE PADDLER PROFILE

井伊乃士

2017年に株式会社サントレーディングジャパンを立ち上げ、輸入ディストリビューターとして活動をしつつ、2019年にアートギャラリーを併設した角打ちのできる酒屋『VANAVASA BEER+GALLERY』を鎌倉に開店。

『VANAVASA BEER+GALLERY』
Instagram:
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『Sun Trading Japan Inc.』
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