THE PADDLER 湘南で自分らしく人生を切り拓いてゆく男たちを紹介

THE PADDLER | 042 Mr. Akira Kaise 「urself」ファウンダー/「NICATA」代表
海瀬亮さん | 茅ヶ崎

湘南には、自分らしく人生を切り拓くために漕ぎ出す男たち=THE PADDLERがいる。
彼らを突き動かすもの、そして、視線の先にあるものは?
INPUTとOUTPUTという二つのワードから、その行動を探る。

Photo: Yuko Saito  Text: Takuro Watanabe Edit: Yu Tokunaga

INPUT
「『Name.』とは真逆のようなことをやりたかったんです」

「はじめから10年で離れようと思っていました」

ファッションの世界で注目を集め続けるブランド「Name.」の設立者である海瀬亮さん。2010年にスタートすると人気を博し、2016年には「東京ファッションアワード」(*注1) を受賞。2017年には東京コレクションでトリを務めた。ブランドとして昇り続けている最中にName.を譲渡することになるのだが、これは設立当初から決めていたことなのだという。

「ブランドを無くしてしまうことも含めて、いろんな選択肢がありましたが、やりたいと言ってくれる子たちがいたので、若い世代に譲る道を選んだんです」

東京から茅ヶ崎に移り住んで今年で10年。Name.のディレクターとして動きながら、3年ほど前から次の展開を思案しはじめたという。いくつかのテーマのうちの一つが「通勤しないで済む仕事の実現」。それを通勤電車のJR湘南新宿ラインの中でずっと考えていたそうだ。そして、2018年に「urself(ユアセルフ)」というブランドを立ち上げることに。

「Name.とは真逆のようなことをやりたかったんです。Name.は流行りやモードも意識して落とし込んでいく、いわゆるファッション。それをしたくなかった。そして、展示会をしてバイヤーさんにオーダーもらってデリバリーするというファッションのシステムがあるんですけど、それもしたくなかった。さらに、商品を卸すこともしたくなかった。シーズンに関係なく、欲しい人が欲しい時に手に入れることができるものにしたかったんです。反応してくれた人だけが手にしてもらえるというやり方をずっと考えていて、それって普通にやっていても反応してもらえないから、丁寧じゃない縛りをつけたんですよ」

その“縛り”というのが、パンツのサイズ展開が二つしかないこと。33インチと38インチ。これしかないのだ。

「驚かれます。でも大は小を兼ねるじゃないけど、足りるんですよ。この狙いを伝えるためにムービーを公開したんです。うちのパンツを脱いでもらって『今履いてたのが38インチでした』というものを。すると、多くの反応がきたんです」↙︎

(*注1)東京都と繊維ファッション産学協議会が主催する、国際舞台で活躍できるファッションデザイナーを東京から輩出することを目的に2014年に新設されたファッションアワード 。
そうして、試着ができるポップアップを行うことに。それらは東京ではなく、海瀬さんが以前から目をつけていた、地方の3都市の三つのショップのみで行なった。

「ファッションって、地方から広まるものだと思うんです。東京は嫌いではないですけど、ミーハーなおしゃれな人が多い。でも地方って、本当にかっこいい人が多いんです。そういう人から広がって、ムーブメントになるんです」

それは10年ほど暮らす湘南にいながら東京を見続けてきたこともあって、ニュートラルに、俯瞰で様々なことが見えているのかもしれない。

生まれ、育ちは静岡県の沼津。ずっとファッション一筋というわけではなかった。大学を出てから就職したのは、校正刷りを行う印刷会社。仕事には楽しく向き合っていたのだが、ある時、雑誌『relax』の校正刷りをしていると、いつも一緒に遊んでいるファッション関係の友人が誌面に登場しているのを発見。

「こいつを刷るために仕事をしているわけじゃない。刷られる側になってやるって思い、社長に退職願いを出したんです。『社長、僕、刷られる側になります』って(笑)」

その後OEMの会社に就職し、裏原全盛期の多くのブランドを支える。しかし、“裏原バブル”がはじけると、次から次へとブランドが倒産、関連する工場にも被害が及んでいった。

「そんな中でどうにかして付き合いのある工場さんとかに被害がいかないように動きました。あの頃はキツかったですね……。でも、その動きのおかげで各方面の信頼を得られたように思います」

その後、デザイナーの清水則之さんと共にName.を設立。

「Name.のルックブックをつくることになって、働いていた印刷会社に行ったんです。僕が辞める時に社長が『刷られる側になったら刷ってやる』て言ってくれたんでね。『刷られる側になりました!』って言うと、『おおそうか』って無料で3000部も刷ってくれたんですよ」↙︎

OUTPUT
「湘南はおもしろい人、スタイルがある人が多いと思うんです」

「urself」の構想を練っている時に、もう一つ出てきたアイデアがあった。それが、鰹節ブランド「NICATA」だ。地元・沼津で江戸時代から鰹節や煮干しを製造する「秋又水産」との共同事業となっている。

「代表が幼馴染なんです。一緒に釣りをして育ってきた友人なんですけど、彼はファッションが好きで、いつも僕の仕事を羨ましがってくれていました。でも、僕からしたら歴史ある家業を継いで地元に貢献している彼の動きもかっこいいんです。どちらの仕事も一緒だよ、それなら俺にやらせてみてよ。と言うことで始まったんです」

NICATAが扱うのは、キャンプなどのアウトドア・シーンで使うことをイメージした出汁パックや出汁醤油。キャンプ道具などのギアの一つのような感覚でアウトドアを楽しむものになっている。

はじめの煮上げを真水で行う全国的にも珍しい手法のためにほとんど塩分を含まず、繊細な味が特徴である沼津伝統の鰹節を使用しつつ、ロゴやパッケージのデザインをスタイリッシュなものに仕上げた。そして、urselfとも共通する姿勢として、NICATAも卸しのための営業をしていないのだそうだ(オファーがあった場合のみ卸売も対応)。

「週末は子どもを連れて、ほぼどこかで出店していますね。テントを立ててお客さんとコミュニケーションをとって、NICATAを試食してもらっています。そんな時間がすごく楽しいですね」

楽しむこと。これは海瀬さんのヒストリーを聞いていると度々感じられたことだ。
どの仕事に向き合っている時も、逆境も含めて現状を最大限に楽しみつつ、次のことを入念にイメージし、準備をする。そうしてつくりあげたurselfもNICATAも、ファッションと鰹節というジャンルの違いはあるが、新しい楽しみ方や価値観を世に提案している。

そんな海瀬さんの元には、藤沢にある高校からも講演や文化祭のアドバイスを求める話がきたり、幼少期からやり続けている釣りの世界からも話がきたりと、その動きはこれからも広がりをみせるようだ。

「おもしろいことしかしたくないですね。辛いことはありますけど。そんな時も必ず楽しさが上回るようにしたいと思っています。湘南はおもしろ人が多いと思うんです。物を知ってる、スタイルがある人が多いですよね。なんというか、余裕を感じる人が多いですよね。気張っていない。湘南エリアに流れている空気のゆるさの秘密って、そこにもあるのかもしれませんね」

取材協力:THE GREENSTAMPS COFFEE

THE PADDLER PROFILE

海瀬 亮

2010年にファッション・ブランド「Name.」をデザイナーの清水則之氏と共に設立。Name.を譲渡したのちに、これまでのファッションの世界へのアンチテーゼとなるような姿勢のブランド「urself」を2018年に設立。鰹節ブランド「NICATA」も手がける。

urself
http://www.urself.jp
NICATA
http://www.nicata-bonito.com