THE PADDLER 湘南で自分らしく人生を切り拓いてゆく男たちを紹介

THE PADDLER | 005 Mr.Daisuke Hara 原 大祐さん
NPO法人「西湘をあそぶ会」代表|大磯

湘南には、自分らしく人生を切り拓いていくために漕ぎ出す人たち=THE PADDLERがいる。そんな男たちの物語。
第5回は「西湘をあそぶ会」の原大祐さんが語る、大磯の暮らしを守りながら見つける生産と消費のバランス。

Photo:Taisuke Yokoyama  Text:Tomohiro Okusa

「西湘をあそぶ会」で大磯の暮らしとコミュニティを守る

神奈川県平塚市で小学校高学年から中学生まで育ち、隣の大磯町にある高校に通っていた原大祐さん。東京の大学に進み、そのまま就職したが、現在は大磯に戻って海を見渡す山の上に住んでいる。

「高校時代、いろいろな道を通って帰宅していました。雰囲気のいい別荘地の路地に惹かれたり、老舗の魚屋さんを発見したり。高校の3年間だけですが、大磯のことがとても好きになりましたね」

大学時代は広告関係のアルバイトをしていた。マスメディアやテレビ、芸能の仕事にふれる機会が多くなっていったが、「自分には向いていないし、好きではない」と感じたという。卒業が近づき自分が何に関心があるのかを考えていた時に、大磯の別荘が取り壊されて好きな景色が変わってしまうのをどうにかしたいと思い、 地域再生の仕事に関わりたいと思った。 まちづくり系の会社を紹介され団地再生に携わるようになる。街に関わる仕事のスタートだ。

「千葉県のある団地を視察に行ったことがありました。団地の再生方法としてインフラや間取りなどのハード面の再生の議論がされていました。しかし根本的な原因はそのまちにかつてあった大きな工場が中国に移転してそこに住む人がいなくなっていたことでした。ハードをいかに魅力的にしても、雇用を生むような地域再生を一体として行われなければ、団地は再生しないと強く思いました」

ハードだけ調えて満足する時代は終わりかけていた。そんなとき高校時代の大磯の風景を思い出す。ハードの再生だけでなく、住民の暮らしやコミュニティというソフトづくりに興味を持った原さんは、2008年、NPO法人「西湘をあそぶ会」を立ち上げた。主な活動は「大磯市」のと「大磯農園」の運営である。とはいえモチベーションは、大磯の暮らしの追求と自分の好きな地域の景色を守りたいという小さな幸せ。

「大磯を盛り上げようという動機で行動しているわけではありません。むしろ静かな別荘地でしっぽりと暮らし続けたいと思っています。東京とは異なる暮らしを実現したいんです。先日、近所の豆腐屋さんが店を閉めてしまいました。僕はそこでしか豆腐を買っていないから、好きなお店がなくなるのは本当に困る。だから最低限の経済活動や消費活動は行われないといけません。しかし、盛り上げ過ぎて地域が消費されないようにしたい。そのバランスが難しいです」

下手に盛り上げてブームを作ってしまうと、ブームは必ず消費されてしまう。観光化しすぎてはいけない。あくまで軸足は暮らしにある。↙︎

“地域を守るためには、地域循環が必要です。地域の人みんなで買い、使う”

手を動かすことで、消費されない地域を目指す

大磯港で主催しているマーケット「大磯市」が大成功している。2010年にスタートし、毎月1回開催。大磯港に集まる約190組の出店を中心にしながら、大磯の町中の実店舗とも連携し、動員を増やしている。しかしブームで終わらないように、その姿勢は慎重だ。

「大磯市は地元、個人、手作りの3つの出店基準があります。これは大磯市がインキュベーション(起業の支援)でもあるからです。ただ来場者を増やして盛り上げたいのではなく、大磯市で出店することによって、実績とファンをつくってもらって、将来的に大磯の町で出店する足がかりにしてほしい。大磯市は町内に作り手を増やしていこうとする生産事業でもあるのです。だから規模が大きくなっても消費されずに保てています。」

「日本の経済は、これまで住宅を商品化してそれを買わせることで回ってきました。家に合わせて家電や車も揃えていく。しかし郊外のニュータウンなどは高齢化が進み、空き家が増え、資産価値もなくなり、“ゲームセット”寸前なんです。これは僕には使い捨てに見える。今までの経済は消費者をそして消費地をいっぱい作ってきたんです。手を取り上げられれば消費者でいるしかない。逆に手を動かすことでそこから抜け出せることができる。地域も作り手がいっぱいいる地域であることが使い捨てから逃れられる。そしてそれは多様性であり、まちの魅力だと思う。僕は大磯を作り手がいっぱいいるまちにしたい 」

ところが大磯では、主たる生産者である農家の跡を継ぐ人は2割以下だという。山がちだから日照条件は悪く、鳥獣被害も多い。たしかに好条件とは言い難く、商売として成り立ちにくい。だから手を入れる人がいなくなったたんぼや畑は、耕作放棄地になってしまう。

「商売にならないのであれば、手を動かす暮らしをしたい人たちに開放してもいいのではないかと思っています」

それも一計。原さんが考えるのは、いろいろな形を使いながら地域を「とにかくゲームセットにしない」こと。原さんは、誰よりも好きな「風景」を守りたいのだから。

NPO法人「西湘をあそぶ会」のもうひとつの活動に「大磯農園」がある。もともと荒廃農地だった場所を再生し、「みんなでつくる、楽しく美味しい田舎暮らし」という趣旨のもと、人が集まり、農業に勤しんでいる。酒米を育て自分たちのお酒を作ったり、みかんを育てみかんエールをつくったり、大豆を育て自家用味噌作りをしたり。どれも自分たちの手を動かす活動だ。

「憧れは強いけど、僕自身はあまり農業には向いてないかなと思います。今年でやっと10年。少しずつ理想の農的暮らしには近づいていますが、やっと身体が馴染んできたくらい」

だからといって農業をあきらめるわけではなく、他の手段を考えるのが原さんらしいところ。多くの人が仕事を中心に暮らしを組み立てることだろう。しかし原さんは逆転のアプローチをとる。

「“こういう暮らしがしたい”という思いにしたがって、仕事を組み立てていきます。誰かの遊びは、誰かの仕事なわけです。遊びと仕事は、常に入れ替わることが可能。だから趣味である農業も仕事化して、「地域課題」「仕事」「趣味」を一直線に並べて、無駄なく取り組もうとしています。そうすればやり続けられる」

自分も、仕事も、地域も、どれもが重要で序列があるわけではない。原さんは大磯で自分の暮らしにすべてを取り入れていく。

ESSENCE FOR HIS LIFE

大磯農園

「西湘をあそぶ会」で管理している大磯農園。趣味でもあり仕事でもある象徴的な場所。「秋口に稲穂が実って、たんぼから漂ってくるにおいを嗅ぐと、郷愁感があります」

山の上の暮らし

緑越しに見える水平線は、海と山が近い大磯ならではの風景。高校時代にこの山の上に住みたいと思った山に現在住んでいる。 寝床から日の出を眺められる。

大磯のコミュニティ

歩いているとよく声をかけられる、大きい家族のような大磯コミュニティは「豊か」だと感じている。お世話になっている漁協長の加藤さん(一番左)には感謝している。

別荘地の路地

高校生のときに、別荘の生け垣が並ぶ路地を抜けて帰るのが好きだったという原さん。その光景を失いたくないという思いが、大磯での活動の原点となっている。

THE PADDLER PROFILE

原 大祐

NPO法人「西湘をあそぶ会」代表。室蘭生まれ。小学校高学年から中学生まで神奈川県平塚市で育ち、大磯町の高校へ進学。東京での大学生活、社会人生活を経て、2008年、大磯へ移住。「大磯市」「大磯農園」など、地域活動に関わる。神奈川県住宅供給公社の団地共生プロデューサーとして団地再生にも従事。