THE PADDLER 湘南で自分らしく人生を切り拓いてゆく男たちを紹介

THE PADDLER | 002 Mr.Gen Nagashima 長島 源さん
シネマアミーゴ館長・ミュージシャン | 逗子

湘南には、自分らしく人生を切り拓いていくために漕ぎ出す人たち=THE PADDLERがいる。
そんな男たちの物語。第2回は『シネマアミーゴ』館長・長島源さんが語る「Think global, act local」のプラクティス。

Photos:Taisuke Yokoyama  Text:Tomohiro Okusa

ローカルにあるものから考える

1階ではすでにお昼過ぎの映画が上映されていた。それを横目に階段を上っていくと、小さな映画館「シネマアミーゴ」のオフィスがある。映画館のスペース同様、味のあるインテリアや小物に囲まれていた。

「知らないうちに、ものが増えたり減ったりしているんですよね」と笑って迎えてくれたのは館長の長島源さん。逗子生まれ逗子育ち。山に秘密基地をつくったり、庭でテント生活をしたり、「夏休みはほとんど家に住んでいなかった」という、アクティブな子ども時代を送っていた。

20代は葉山・一色海岸にある海の家「ブルームーン」を手伝い、葉山・長者ケ崎にあった一軒家バー『SOLAYA』の立ち上げにも関わる。さらには世界や国内のエコヴィレッジなども訪れ、場作りを肌で感じていた。

大きく影響を受けたのは2007年に行われた「WAVEMENTツアー」に参加したこと。湘南エリアのサーファーやミュージシャン、アーティストを中心に、青森県六ケ所村の核燃料再処理工場の問題を取り上げた。日本各地を回り、トークやライヴ、映画上映などを通して、自然環境への意識を高める活動をしていった。環境エネルギーの提案もテーマのひとつだった。既存の電力だけに頼らないことも選択肢として見据えるなど、「オルタナティブなライフスタイルの実現」へ向けて、本格的に考え、行動するきっかけになった。

こうして仲間と立ち上げた「シネマアミーゴ」は、映画館としての機能を中心としながらも、カルチャーの発信基地として、音楽ライヴや逗子という地域性を生かしたさまざまなイベントに利用されている。立ち上げ当時、長島さんは30歳。世界各国でいろいろな場所を見てきても、落ち着く場所は結果的に逗子になった。その土地自体に、善し悪しというものはない。土地は住んでいる人がつくるもの、育む場所だから。

「別の地域でも良かったのですが、そこでローカル化のためにエネルギーを使うくらいなら、すでにネットワークもあって信頼を得る基盤もある逗子のほうが早い。ただし逗子はすでに土地も限られていたので、エコヴィレッジのような形にはできません。だから『この街でできることは何だろう?』と考えました」

足下から考える。土地にあるものは何か、土地に必要なものは何か。そのヒントは長島さんが考えるコンセプトのひとつ、「グローバルマインドを持ったローカリティ」だ。
「旅が好きという人も多いと思うけど、旅はどうしても一過性になってしまいます。その体験は個人的なものに過ぎません。そこから一歩先に進みたいと思ったときに、それぞれの土地らしい拠点があれば、行き来が生まれます」

長島さんを筆頭に「シネマアミーゴ」のクルーや地域の仲間が2010年から毎年、逗子海岸でゴールデンウィークに開催している「逗子海岸映画祭」。実際にこの映画祭を介して交流が生まれたスペインのサンセバスチャンやインドネシアのジョグジャカルタのクルーたちは、逗子をホームタウンのように感じ、その後も何度も訪れているという。この状況はまさに「グローバルマインドを持ったローカリティ」であろう。

また「逗子に移住してきた人たちがローカル化するためのハブ」という機能も備えている。たとえば『スパイスツリー』というカレー屋さん。店主の飯村政幸さんは縁があって『シネマアミーゴ』で週1回のランチを始めた。それがきっかけとなり、逗子にお店をオープン。今や逗子でいわずと知れた人気店だ。「外からカレー屋がやってきたのではなく、ローカルの仲間がカレー屋をオープンしたという感覚」だ。

「ローカルの人だけでことを進めようとすると、その地域のことだけにしかならない。それでは都市と地方にあるアンバランスさの是正にはならないと思います。それよりも、他地域とも交流して、混じって。それが地域のオリジナリティになっていく。そんな場所が全国アチコチに生まれていったらおもしろいですよね」

“未来のあるべき世界を奏でる”

理想の歌の世界に追いついてきた

長島源さんはミュージシャンでもある。月1回、新月の日に「シネマアミーゴ」で「NEW MOON CANDLE NIGHT」というイベントを開催、自身のライヴも行っている。

『シネマアミーゴ』の活動では地域性やコミュニケーションを考えて、左脳が働く。一方ミュージシャン・長島源はもっと右脳的で感覚的。その瞬間のバイオリズムが如実に演奏に反映される。
「楽器をしばらく弾けていなくても、それ以外のところで充実感があると不思議とうまく弾けることがあります。また逆に、自分が“ロー”なときはどんなに練習していてもダメ」
精神的充実感が肉体を上回る瞬間がある。音楽のような表現活動には、時にそんなミラクルも起こる。

長島さんは10代から曲をつくっている。今も昔も、基本的に訴えたい歌詞=メッセージは変わっていない。しかし20代前半までは、どこか実際の自分とのギャップを感じていたようだ。
「ローカリティの話を歌っていましたけど、若い頃はそんなこと何も実現できていないのに歌っていたわけです。今思えば、実際は“ミュージシャンとして成功したい”という気持ちのほうが強かったのかもしれません」

“理想の自分”や“夢の実現”を思い描いていたけど、全然到達していなかった。しかし今は違う。「当時の理想に、実際のアクションがリンクできるようになってきました。だから当時の歌でも、今の方が自分の言葉として堂々と歌えます。歌い方も変わってくるし、言葉を発したときにより強い思いを込めることができます」

今年の「逗子海岸映画祭2017」の最終日には、同じく「シネマアミーゴ」主宰者のひとりでフォトグラファーの志津野雷さんによる映像に合わせて、ミュージシャンたちがその場で音を重ねていくライヴを行った。

「これまで積み重ねてきたことの集大成のようないいライヴができました」と、充実ぶりを証明してくれた。しかし困ったこともある。今は過去に蒔いた種が咲き、それを歌っている状態。つまり過去から見た理想、“これまで”のアウトプットだ。

「これから先、どういう言葉で歌っていけばいいかなと。今、練っている感じです」と、ミュージシャン・長島源は悩んでいる。

これから先、まだまだやりたいことは尽きない。そのための種をこれから蒔いていく。きっとまた、未来の世界を歌ってくれることだろう。そして数年後にその花が咲く日を待っている。

ESSENCE FOR HIS LIFE

Blue Moon Hayama

一色海岸で夏にオープンする海の家。『ブルームーン』がなかったら、今につながることのすべてを始めていなかったという人生最初の転機となった場所。

ドミンゴ アラジン

『スバル』の『ドミンゴ』のなかでもルーフトップにスペースがあるこのモデルが人生で唯一の愛車。いざというときの「インディペンデントの最小単位」。

小平ギター

ギターを習い始めた10歳のときに買ってもらったギター。今でもレコーディングでは使うこともあるという。ガットギターはこれを含め2本しか買ったことがない。

Cinema Amigo

自身が館長を務める小さな映画館であり、イベントも多数開催されている。それまで旅ばかりしてきたけど、腰を据えて長く取り組もう、と転機になった場所。

THE PADDLER PROFILE

長島 源

ミュージシャン、モデル、『シネマアミーゴ』館長。逗子生まれ、逗子育ち。
大学時代にイギリスへ留学。日本へ帰国後、音楽活動やモデル活動と並行して『ブルームーン』や『SOLAYA』に携わる。
30歳のとき仲間とBASE LLC.を設立、シネマアミーゴ館長となる。
同社の共同代表の志津野雷が主催するシネマキャラバン、逗子海岸映画祭では実行委員長を務める。