PADDLER’S EYE 湘南の今を独自取材した特集と連載

SPORTS&OUTDOOR #002マウンテンバイク・ダウンヒル-前編- 永田 隼也さん
「目標へと続くライン」

海のイメージが強い湘南で生まれ育ったマウンテンバイクの日本チャンピオンがいる。
見方や考え方を変えれば、世界は大きく変わる。そんな一人のMTBダウンヒルレーサーのお話。

#002 マウンテンバイク・ダウンヒル 後編はこちらから

2017.12.23 SAT | UP

Photos : Yasuma Miura  Text : Kei Ikeda

一冊の「かっこいい」がきっかけに

取材に先立ち、大半の読者の皆さんと同様、「ダウンヒル」についての前知識はほとんどなかった。その名前と浅い知識から想像したのは、猛スピードで林間コースを駆け下りるエクストリームなスポーツで、木に激突して骨折したり、歯が折れることは日常茶飯事。それでも折れることのない不屈の精神で漕ぎ続けるもののみに許される、タフでマッチョな男のスポーツなのだと思い込んでいた。

しかし、「擦り傷はつきものですが、そんなに危険ではないですよ。海外では奥様達のエクササイズとしても楽しまれているくらいですから」と笑いながら現れた2015年のダウンヒル日本チャンピオン・永田隼也さんは、想像に反してすらりとした長い手足を持つ爽やかな好青年だった。

辻堂海浜公園や長久保公園で自転車を乗り回していた永田少年が、ダウンヒルの世界にのめり込んだのは小学校5年生の時。一冊の自転車雑誌がきっかけだ。
「スノーボーダーとしても有名なショーン・パーマーが表紙でした。服装や乗り方、どんなラインを走るかを含め、個々のスタイルが出やすいのがこの競技。とにかく、彼の全てがかっこよかった。その日からは、もうダウンヒル一色の生活ですよ」

さらに、自然相手の競技であることも、永田さんがどっぷりとダウンヒルにのめり込んでいった理由の一つ。レースでは、設定されたコース内であれば、どのラインを走るか(どのようなコース取りをするか)は選手それぞれの自由だ。レース前の練習を通して、自分なりの完璧なラインを思い描いてからスタートラインに立つそうだが、季節や天候次第で戦略は変更を余儀なくされる。
「例えば、秋にはコース上に落ち葉が積もったり、雨が降って滑りやすくなったり……。前を走る選手の影響で、自分が想定していたライン上に岩が落ちていることもある。自然が相手なので、同じコースを走っても二度と同じラインがないことが面白い。その点は、サーフィンやバックカントリースキーに似た部分があるかもしれません」
10年以上に渡ってトップフォームを維持し、国内外のツアーを転戦し続けている
バイクはハンドル位置が数mm変わっただけでも乗り味が変わる繊細な乗り物だ
練習時間が減ったことで、日本チャンピオンへ

中学生の頃に国内ツアーに参戦し始めると、最高峰のクラスまで一気に駆け上がり、「永田隼也」の名は広く知られることになる。高校生の時には海外のワークスチームと契約し、スペインを拠点に世界ツアーを転戦。帰国後は、個人でスポンサーを集めながらプロとしての活動を続けた。

そんなエリート街道をひた走ってきた彼が、初めて日本チャンピオンに輝いたのは、意外にも2015年とつい最近のことである。
「その年にサラリーマンになったんです。今は、勤めている「オークリー」がスポンサードする色々なジャンルのアスリートのサポートとマーケティングが、僕の主な業務です」

以前と比べ、練習時間は大幅に減った。しかし、ずっと自転車だけに向き合ってきた永田さんにとって、就職したことは選手としても大きな転機となった。
「練習時間が限られる分、自転車に向き合う時間の密度が濃くなりました。さらに、色々な競技の選手と関わる機会が増えて、一発勝負の試合に向けてどうやってメンタルを持っていくのかは、すごく勉強になりました」

レースに臨むにあたり、体力や技術はあって当たり前。一発勝負のレースでは、メンタル面での準備が非常に重要になる。自分のピークをいかにレース当日に持ってこられるのかは、勝負を分ける大きな要素だ。
「就職を機に、日々の生活の中でも物事をネガティブに考えないことが大事なんじゃないかと感じ始めたんです。仕事でも『それ意味ある?』とか『俺がやるの、それ?』って思うことってみなさんもありますよね。そんなことでも、次に繋がる何かがあると考えてみる。レースや練習も一緒で、全然うまくいかなかった時でも『失敗したってことは挑戦したんだな』とか、『直すべきポイントがはっきりしてよかった』と思うようにしています」

レースばかりが続き、結果が出ないことに行き詰まっていた永田さんにとって、この気持ちの変化は大きかった。
「やっぱり、気持ちのバランスと持ちようって大事なんです。就職した年は仕事が忙しくなった分、自転車に乗る時間が満足に取れなかった。反面、レースに出られることが楽しみで仕方がなくなりました。自転車を楽しむことを忘れていたのかもしれない。これが、やっと日本一になれた理由なんじゃないかな」
時速70kmを超えるスピードのなかで、瞬時にベストのラインを見極める
ライン取りや乗り方は人それぞれだが、結果はコンマ数秒を争う世界である
湘南だからこその楽しみ方

現在、永田さんはダウンヒルと並行して「エンデューロ」という種目にも力を入れている。下りの速さのみを競うダウンヒルに比べると、自ら自転車を整備し、スタート地点まで辿り着くための読図力や登りの力も問われる、いわばマウンテンバイクの総合力を競う種目である。
「エンデューロの世界的なトップライダー達は、レースだけじゃなくて、練習中にお気に入りのカフェを探したり、ローカルなレストランで食事をする時間も競技の一部として楽しんでいる。マウンテンバイクに乗りながら、とにかくその土地をまるごと楽しむ。その余裕が彼らの強さなのかな、と最近は感じられるようになりました」

同時に、自転車に乗ることのみならず、街も含めた周辺環境全てを楽しむならば、生まれ育った湘南は素晴らしい環境なんだと気がつかされた。
「日本でも、マウンテンバイクに乗れる環境は年々増えてきています。なかでも、楽しく乗るには湘南はすごくいい環境なんですよ。サンドイッチやお弁当を持ってピクニック気分でも走りに行けるし、早めに下りてきて美味しい魚を食べに行ってもいい。レースばかりしていた頃は見えていなかったのですが、こういうゆるい自転車の楽しみ方もありなんじゃないかって」

彼の当面の目標は、アジアチャンピオンになること。そしてその先に思い描くのは、いつの日か湘南でエンデューロの大会を開催することだ。
「マウンテンバイクをより広く知ってもらうには、エントリー層の裾野をいかに広げられるかが大切です。そのとっかかりとして、マウンテンバイクを通して湘南の魅力を知ってもらえるような大会を開催したい。そのためにも、アジアチャンピオンになりたい。そこで注目が集まれば、協力してもらえる人が増えるかもしれないですから」

大きな目標へのスタートラインに立った永田さんの頭の中には、すでにゴールまで続くラインが描かれている。
山へ、海へ。キャリアーを使えば、愛車の積載はワンタッチであっという間に完了
山から降り、海岸線を走る。山と海がまとめて楽しめるのも湘南ライドの魅力だ
思い描いてきた「かっこいいライダー」になることが活動の原動力となっている

PROFILE

永田 隼也

自転車にハマっていた小学生の頃に、知り合いに連れていかれた山でマウンテンバイクの楽しさを知る。
15歳で本格的にダウンヒルレースに参戦。国内シリーズ参戦開始から1年未満のうちに、最上級クラスであるエリートクラスに昇格という快挙を果たす(当時最年少記録)。17歳からは海外のチームに所属し、スペインを拠点にワールドカップを中心に参戦してきた。
2015年には「オークリー」へ就職。プロライダーとサラリーマンの2束の草鞋を履き始め、念願の全日本選手権ダウンヒルチャンピオンに輝いた。