PADDLER’S EYE 湘南の今を独自取材した特集と連載

SPACE PORTRAIT モダニズム住宅に復元した大好きな時代 入川邸 | 西湘

「家」は住み手そのものを映し出すポートレート。
魅力的な家には、魅力的な主がいる。
その人の生き方、価値観、思想が滲む彼の居場所へ。

Photos:Nobuo Yano  Text:Paddler

大好きな時代の空気感と暮らす

高台から相模湾を望む西湘の海べり、生い茂る木々に隠れるかのように佇む廃墟と化した平屋住宅。それが、入川さんが見た9年前のこの家の様子だった。主を失った住宅が、その価値を見出す新たなオーナーと出逢うには6年の年月がかかった。建築家、前川國男の弟子筋により60年代後半に設計された和洋折衷のモダニズム建築だ。

家に足を踏み入れると、懐かしさと新しさが入り混じる新鮮な空気に驚かされる。すぐに目に飛び込んでくるのは、リビングに鎮座したJBLの「パラゴン」。入川さんと同じ歳、1957年生まれの家具調スピーカーだ。デッドストックの状態で保管されていたものを、米・パームスプリングスのオークションで手に入れたという。製造から50年を経、このパラゴンも、ようやくファーストオーナーに出逢ったのだ。オーディオマニアでなくても、その職人技が生きたチーク材の美しい流線型ボティに圧倒されてしまう。入川さんにとってみれば、それは希少品という以上に、少年時代、夢をみた時代の象徴そのものなのだ。

「温故知新ではなく、僕は60、70年代の空気感が大好きなんです。オリンピックや万博にも象徴されるよう、日本が試行錯誤しながら最も輝いていた時代の空気。そんな錯綜の中で生まれたスタイルに惹かれるんです」。↙︎
妥協せずに復元することの意味

そう語る入川さんは、当時ボロボロであったこの家を、70年代の完成時に限りなく近く復元させて暮らす。日本中から探し集めた昭和時代の電気スイッチ&プレートを取り付け、合板のヘリンボンフロアを磨き、壁は当時流行っていた麻クロスで張り替えた。居間の個性を引き立てているカラフルなカーペットは、当時製造されていたリノリウム製の床の柄をプリントさせたもの。「中途半端な技術と素材しかない中で、夢見ながらの試行錯誤を集大成したかのような家でしょう。お金をかけてできた格式高い本物より、ずっと苦労と工夫がなされているところにグっとくるんです」。

そして、家具や音響システムなど、調度品もすべて同時代のモノで揃え、入川さんらしいモダンリビングを実現させている。そこには、国籍こそ違うが北欧の家具や照明、イームズのラウンジチェアも覗く。イームズのシェルチェアは空間に馴染むように、煉瓦色に塗装するほどの徹底ぶり。この家に残っていた当時の幾何学パターンのカーテンも、丁寧に洗って再利用されている。

古いものを捨て去り、新たなものを作りあげるリノベーションや、似たもので置き換えるリフォームではない。パーツひとつにも妥協せず、当時の世界を復元させるレストアだ。好きな時代の空気感に囲まれる喜びと、その時代の感覚を次世代に丁寧に受け継ぐ思想を大切にする入川さん。そんなスタイルこそが、今の時代に新鮮に映る。

OWNER'S PROFILE

入川ひでと

入川スタイル&ホールディグスCEO
事業開発から業態開発、街づくり、地域ブランディングまで幅広い分野で活躍。
特にそれらの社会実験や、教育・出版事業等に精力的。東急沿線の都市開発やTSUTAYA TOKYO ROPPONGI、UT STORE HARAJUKUの店舗プロデュースでも高い評価を得ている。著書に「カフェが街を作る」(クロスメディア・パブリッシング)。