PADDLER’S EYE 湘南の今を独自取材した特集と連載

FOOD BATON 茶馬燕 中村秀行さんの中華料理

海や山、自然に恵まれた湘南には、季節折々の旬な 食材が集まる。
その食の豊かさにひかれて、この地に暮らす男達は多い。
食のバトンがつなぐ、湘南のテーブルストーリーに耳を傾けてみよう。
今回、ラ・ボッテガ・ゴローザの後藤俊二さんから、
フードバトンを引き継ぐのは、「茶馬燕」の中村秀行さんだ。

「#007ラ・ボッテガ・ゴローザ 後藤俊二さんのイタリア料理」はこちらから

Photos : Pero  Text : Paddler

本場の味を求めて、中国に旅へ

とても、不思議なハーモニーだ。口の中で、さまざまな香りと旨味が交差する。辛さ、塩味、酸味、メリハリがある味なのに、食後に残るのはやさしい心地よさ。いわゆる一般的な“中華”とは一線を画すおいしさに、舌が驚く。定番の麻婆豆腐でさえも、「茶馬燕(ちゃーまーえん)」の中村秀行シェフの手にかかると、これまで味わったことがない逸品に化ける。

2009年に藤沢駅の南口にオープンした「茶馬燕」。雑居ビルの6階という決して恵まれた立地ではないが、こじんまりとした店内は、湘南の食通たちでにぎわっている。そのお目当は中村シェフの斬新な中華料理だ。

「本場のエッセンスを残しながら日本人の口に合うようにしています。ですが、決してアレンジしすぎないようにはしています」

中村さんが料理の道を志したのは早い。

「親が焼き鳥屋をやっていたんですよ。母親が昔ながらの人間で、『稼ぐ方法は二つしかない。頭で稼ぐか腕で稼ぐか』とよく言っていました。自分はすごく勉強ができる方ではないし、そうなると腕で稼ぐしかないなと、幼いころから思っていました」

料理に興味があった中村さんは、高校卒業後、大衆割烹の店で働くことに。だが、その現場は、利益を追求するために、既製品や下処理済みの材料を使い、「料理人として何も覚えることができない」。

「実家の焼き鳥屋は、親父自らが『口が一番、味二番』と言うほど、しゃべくり倒すような店なんです。ですが、いざ社会に出て、料理の世界を入ってみると、うちのような小さ店でも、ちゃんと気をつかって接客業をしていることがわかった。それは自分にはできないなと何となくわかってきました。俺は料理に没頭したいと思ったんです。とにかく、料理を作りたい、と」

では、何料理を専門にしようか? 中村さんの頭に浮かんだのは、中華料理だった。実家にいたころ、家業が忙しく母親が家族の料理に手が回らないと、お金を渡されて外食をすることが多かった。慣れ親しんだ味が、中華料理だった。

「中華は面白いな、と思っていました。チャーハンもラーメンも餃子も、入っているものは同じなのに、店によって味がまったく異なる。作り手によって、こんなに味が変わるものなんだと」

そして、改めて中華料理店に修行へ。そこで料理の楽しさを実感する。

「ほんとに面白くて、どんどんのめり込んでいきました。これはゴールがないな。えらい世界に足を踏み入れちゃったと思いました」

追求心に火がついた中村さんは、本場中国の味を求めて、海を渡ることを決めた。↙︎
厨房で腕を振るう中村秀行シェフ。四川、広東、雲南等、そのレパートリーは幅広い。中国をバックパック旅行した経験が生きている
こじんまりとしながらも落ち着いた雰囲気の「茶馬燕」の店内。ビルの6階という立地なので、一見よりもリピーターの客が多い
四川料理の定番の麻婆豆腐だが、中村シェフの手にかかると別次元に。「薬膳料理を勉強したので、その知識を生かしています」。中村シェフの多彩な味を楽しむには、やはりコースがオススメ。茶馬燕コース¥5,000~
医食同源。毎日楽しめる料理を

「家内がインドに行きたいと言っていたので、ふたりで会社辞めて、半年かけて飛行機使わないでインドまで行ったんです」

山口からフェリーで韓国、そして中国を南下して、ベトナムへ。四川に戻りチベット、ネパール、インドと半年かけてのバックパックの旅だった。もちろん、中村さんの目的は本場の味を自らの舌で経験すること。

「同じ中国でも上海と雲南どう違うのか。広東省でもベトナムに近くなってくるとどうなるか。それを直に感じられたのがすごく大きかったですね」

まだまだ中国には、中村さんが知らない料理がいっぱいあった。日本で学んだ料理が、本場ではまったく違っていたことに驚くいた。「さらに勉強しなくては」と決意も新たに、帰国後、修行を積んだ。

そして、満を持して、自分の店をオープン。10年近く経った今も、あの時の旅は糧になっている。

「印象に残っているけど再現できなかった料理が、何かの拍子に、『これこのソースだったんだ!』と、蘇ることがあります」

その後も中国へは定期的に通い続けている中村さん。さまざまな地方の料理のエッセンスを吸収して、その味は深みを増している。だが、その核にあるのは「医食同源」、「医も食も源は同じ」という中華料理の根本的な精神だ。

「薬膳の勉強もしたので、それを生かすようにしています。中華料理は油っぽく味が濃いイメージがありますが、今日食べて満足しても、また明日も食べたいなと思うような料理が理想ですね。いろいろ大変ですが、お客さんが喜んでくれる顔を見ると、やはりうれしいですよね」

人気を呼んでいる「茶馬燕」だが、中村さんは店を大きくしたり支店を出すということは、まったく頭にない。

「むしろ、逆かな。もっと狭めることができたらと思っています。不特定多数でなく、特定少数のお客さんが理想ですね。その方がじっくりと料理を楽しんでいただける。本当は、雲南の少数民族料理とかもっとやりたいんですけどね」

中村さんの中華料理を追求する旅は、まだまだ続く。自分が納得できるゴールが見つかるまで。
「中華料理は医食同源。毎日食べても、また次の日にも食べたくなるような料理を楽しんでもらいたいですね」
食後にサーブされる中国茶。中村シェフが選んだセレクトした茶葉は個性派ぞろい。もちろん食中酒も充実。ビオワインも充実している
「お客様が喜んでくれている顔を見たり、言葉を聞いたりすると、やはりうれしいですね。お客様が自分の料理で幸せを感じてくれたら、疲れも苦労も吹き飛びます」
WHERE THE NEXT?
中村さんオススメの一軒は?

aus LIEBE (藤沢)
アウスリーベ


「単身でドイツに渡り、向こうでマイスターの資格を取った方が手がけるドイツ菓子の店です。焼き菓子ばかりなんですけど、どれも本物。湘南土産って困るんですが、私はここの菓子をいつも持って行きます」(中村)
茶馬燕(チャーマーエン)
神奈川県藤沢市南藤沢20-15 第一興産18号館6F [MAP]
TEL. 0466-27-7824
OPEN. 11:30~14:00(水・木曜日は休業・平日は予約のみ)
17:30~20:45
CLOSE. 水

http://www.cha-ma-en.com/