PADDLER’S EYE 湘南の今を独自取材した特集と連載

FEATURE 食で繋がる湘南と世界
“オイチイチの食の旅”
Basque-Portugal-Shonan

「旅に出ると料理がアップデートされるんです。
料理が変わるんじゃなくて、その土地土地のエッセンスが加わるという感じかな」

2017.12.04 MON | UP

Photos:Tatsuya Sano  Text:Paddler

鎌倉の大町に、町の人たちに愛されている一軒の店がある。瀬木暁さん・いくよさん夫婦が営む、惣菜バル「オイチイチ」。その人気をよそに、“よく休む店”としても有名だ。

休みの理由は、ケータリングやイベント出店などもあるが、旅に出てしまうことが多いのだ。暁さんが毎年5月に開催される「逗子海岸映画祭」の主宰チーム、移動式映画館「CINEMA CARAVAN」のメンバーでもあるため、国内外各地でのイベント運営で「夜の営業を1週間お休みします」なんていうことは珍しくない。また、毎秋には3週間ほどの“オイチイチ秋休み”と題した旅に家族そろって出かけてしまう。それでも客たちは「いつまで行ってるんだっけ?」「今はリスボンらしいよ」なんて噂話をしながら、彼らの帰りを待っている。

この秋も彼らは旅に出かけた。行き先はスペインとポルトガル。大西洋の海沿いを巡るロード・トリップだ。
「ポルトガルはアルジェズルっていう海沿いの町で寿司のワークショップ、リスボンでは現地在住のフランス人がオーナーの店のゲストシェフとして、現地の食材を使った日本食のコース料理を。スペインでは、バスク地方の“キノコ祭り” に参加し、現地のキノコを使った日本食料理会を行ったり、現地のシェフと日本食を振る舞う会を行ったりという感じかな」

「オイチイチ」とバスクの関係は深い。「逗子海岸映画祭」にバスクからの仲間が参加したり、「CINEMA CARAVAN」が毎秋にバスクのサン・セバスチャンでイベントを開催したりという交流が数年続いている背景があり、今回はバスク地方特有の伝統的な食のコミュニティーである美食倶楽部「ソシエダ・ロイオラッタラ」の招きを受けて、「キノコ祭り」への参加となったそうだ。この倶楽部が持つ会場で、80人前の日本食のコース料理を提供するにあたり、日本からも大量の調味料を持っていったという彼ら。メインの朴葉(ほおば)焼きに使う朴葉は、「CINEMA CARAVAN」を通じて交流が生まれた岐阜県の白川郷から送ってもらうなど、彼らのこれまでの旅が反映されているという。↙︎
サン・セバスチャンという町は、その人口に対して、ミシュランの星付きレストランの数が世界で一番多いと言われるなど、ヨーロッパを代表する「美食の都」だが、海と山がある地理的な個性とサーフ・タウンでもあるからか、住人の空気感が湘南にとても似ている。そのため、湘南に暮らす人の多くが違和感なく溶け込める町でもある。そして、この「美食の都」という冠は、旧市街に軒を連ねる、ご自慢のピンチョスと安くて美味いワインを楽しめるバルや、美食倶楽部の存在といった、食文化の裾野の広さにもあるのだろう。

「オイチイチ」のふたりもこの町に魅かれ、何度もここを訪れている。いくよさんもバスク料理から学ぶことは多いそうだ。
「バスクの料理はとてもクラシック。それをすごく大事にしているよね。トルティージャ・デ・パタタやマッシュルームのアリオリ・ソースとか、どこのバルに行っても同じようなものを出しているけど、それぞれに自信があって、すごく素敵だなと思う。かと思えば、“分子料理”のような最新の料理法をつきつめる店もある。その振り幅がおもしろいんだよね」

サン・セバスチャンでは、ミシュラン2つ星の『ムガリッツ』のスーシェフと、バスクのピンチョス・コンクールで何度も金賞を獲得している美食倶楽部のシェフというふたりと一緒に、地元の食材と日本の調味料を使った「BENTO」を地元の人たちに振る舞った。
「バスクではエビの天ぷら、ポルトガルではイワシの南蛮漬けとかね。ヨーロッパにルーツがある日本食も出したりしたね。そうそう、この旅で何度つくったかわからなくなるぐらい出汁巻き玉子をつくったよ。ものすごい反応でさ。つくっているところを見るとびっくりするぐらいウケるんだ」
とは暁さん。スペインにもトルティージャという玉子焼き料理はあるが、シンプルな出汁巻き玉子などにこそ、食文化の違いの面白さが現れるのだろう。↙︎
スペインとポルトガル、2つの国への「オイチイチ」の食の旅。
今回の3週間に渡る旅でも、彼らは日本の食文化の豊かさ、面白さを伝えつつ、現地でたくさんのことを吸収してきた。“よく休む店”の常連たちは、彼らが旅から帰ってくると出される料理が変わるということを知っていて、それを楽しみに待っている。
「旅に出ると料理がアップデートされるんです。料理が変わるんじゃなくて、その土地土地のエッセンスが加わるという感じかな」
いくよさんがつくる「オイチイチ」のランチは、常に定番があるというわけではなく、週代わりで2種類を選ぶスタイル。取材に訪れた日のメニューのひとつは「自家製オイルサーディンと野菜のトマト煮」。ポルトガルで食べたオイルサーディンに影響を受けた料理だという。

こうして、しばらくは今回の旅のエッセンスが感じられる料理が並ぶそうだ。さらに、来年4月から5月にかけては、「逗子海岸映画祭」の開催に合わせて、サン・セバスチャンから『ムガリッツ』のスーシェフと、美食倶楽部のシェフのふたりが日本にきて、映画祭会場のみならず、「オイチイチ」でいくよさんとコラボレーションを予定しているのだとか。
今度は彼らがバスクの調味料を持ってきて、湘南の野菜や魚介を使った料理をもてなしてくれるのだろうか。 

湘南とスペインをお互いが行ったり来たり。そこから生まれる新たな食や人間関係がある。これからも「オイチイチ」の旅は続き、その度に店がアップデートしていく。彼らの食や体験に触れることで、僕らも彼らが旅した土地を身近に感じられるかもしれない。

INFORMATION

オイチイチ

神奈川県鎌倉市大町1-3-21 >MAP
TEL. 0467-55-9582
OPEN. 12:00~24:00
CLOSE. 月・日
*休店日に関しては、ブログをチェック