PADDLER’S EYE 湘南の今を独自取材した特集と連載

HEARTS&CRAFT 邦栄堂製麺所・OFFCRAFTWORKS
By YASUSHI SEKI
製麺と木工と

鎌倉のはずれ、大町にて3代続く老舗製麺所、『邦栄堂製麺所』の代表・セキヤスシさんは、
もうひとつ、木工作家としての顔を持つ。朝は製麺、午後は木工。
2つのモノづくりに静かに向き合う、セキヤスシさんの工房へ。

Photos : Rai Shizuno  Text: Paddler

朝は製麺、午後は木工

朝8時。開け放たれたドアから光が射しこむ工房で、彼は粉まみれになっていた。
「だいたい作業は終盤です。あとは蕎麦とタンメンかな。それから配達」。鎌倉のはずれ、観光客の足も届かない静かなエリア、大町にて65年続く老舗の製麺所だ。木工作家、セキ・ヤスシさんの家業である『邦栄堂製麺所』は、卸を中心にした製麺所で、湘南地域の中華料理店が主な卸先。それに加え、工房での小売りもやっているので、午前中には「中太麺5つ、スープは醤油でお願いね」なんていう風に近隣の住民が次々にできたての麺を買いに来る。地元の人に愛されているだけではなく、噂が噂を呼んで、今では鎌倉観光の際の土産として麺を買って帰る観光客も多い。中華麺1玉90円。昔ながらの馴染みのある“普通の”ラーメンの麺である。

「特別なものではなくて、皆がそこそこ美味しいなって思える麺だと思うんです。毎日でも食べられるもの」。謙遜にも聞こえるが、そこに邦栄堂のモノづくりの信念と、ぶれない姿勢がある。週に何度も、何年も、ずっと飽きずに食べ終えた後に「ああ、美味しかった」と毎回言える味、日本人の誰もが落ち着くラーメンの麺なのだ。邦栄堂はセキさんで3代目。祖父の味を守り続けている。

「製麺業は、毎日同じものをストイックに作り続ける、変えないようにする努力なんです。でも、木工作品はそうじゃない。ひとつひとつがまったく違うオンリーワン。2つにはものすごい対比がありますね。そこがよかったのかもしれません」。麺と木工作品、セキさんの2つのモノ作りへの向き合い方に良い作用をもたらしているようだ。↙︎
製麺所2階のアトリエへ

午前のうちに製麺所の作業を終えると、午後は2階にあるアトリエに入る。「邦栄堂」と染め抜かれた前掛けから「OFFCRAFTWORKS」と刺繍されたエプロンに着替えて作業台に向かう。ここで、セキさんの木工作家としての1日が始まる。

この日は川崎にあるショップからオーダーを受けた時計の仕上げ作業。彼が手がけるのは、時計や家具全般だ。木材をメインに、革や鉄を組み合わせ、デザインから仕上げまでの全工程をひとりで手がけている。「すべてに責任を持って形にしたいんです」。

OFFCRAFTWORKSでは、公式サイト上で紹介するオリジナルプロダクトの受注以上に、空間に合わせた完全オーダーメイドの注文が多い。最近は飲食店からの依頼が増えている。「空間に静かに馴染むものを作るのが理想です。デザインだけでなく、プロダクトとして見てほしいんです」とセキさん。そこには麺づくりに似た彼のモノ作りへの姿勢がある。木工作品は確かにオンリーワンの存在だが、主張しすぎてお腹いっぱいにならないモノ、毎日飽きずに眺められ、心地良いことがOFFCRAFTWORKSのプロダクトの理想型。時をかけて彼が見つけたモノ作りの道だ。

「もともと北欧のモノ作りに影響を受けてきましたが、最近、作るものがどんどんシンプルになってきました」。現在38歳。大学生の頃に木工作品を手がけだし、20代の作品はもっと主張の強いデザインだったそうだ。家業の製麺所を手伝いだしたのも同じ頃。製麺と木工、ずっとその2つのモノ作りと向き合ってきた。「木工で食べていきたい」「作家として名を挙げたい」という若い頃の野心と、「家業を守りたい」という気持ちの葛藤を経て、2つを自然な形で両立させていく道を見つけた。麺と木工作品の2つには共通する信念がある。そして、それを裏付けるのは彼の丁寧な手仕事だ。両方が評価されるのにはしっかりとした理由がある。

OFFCRAFTWORKSという屋号のコンセプトは「日々の生活にOFFを」。だからと言って、セキさんにとって麺作りが「ON」で木工制作が「OFF」というわけではない。どちらも「ON」なのだ。そんな常に「ON」の日常だからこそ、自分を見失わないようにそうなったのか、彼の佇まいはニュートラルで、いつもOFFの空気が漂う。

麺と木工作品を作り続けて約20年。自分だけのモノ作りの道を見つけた彼は、これからもその2つに静かに向き合い、丁寧な手仕事を続けていくに違いない。製麺と木工、午前と午後、1階と2階。木目が美しく生かされた時計をサンドペーパーで仕上げていくセキさんは、今度は小麦粉ではなく、木屑まみれになっていた。

PROFILE

邦栄堂製麺所、OFFCRAFTWORKS

木工作家で麺職人のセキ・ヤスシが運営する製麺所と木工工房。
家業、邦栄堂製麺所を手伝いながら、2001年より天然木、流木、無垢板、金属、紙などを用いた照明、時計などを独学で製作し始める。
2003年日本クラフト展入選。2006年ウッドクラフトコンペティション入選。
神奈川県鎌倉市大町5-6-15  www.offcraftworks.com