PADDLER’S EYE 湘南の今を独自取材した特集と連載

FEATURE この町に住みたい : 二宮町
第1話・クリエイティビティが照らす古民家の価値
案内人 Mr. 宮戸 淳 | 太平洋不動産

今、二宮がなんだか気になる。湘南内外からの移住者が続々と増えている。
こだわりのパン職人、世界で活躍する画家や写真家、東京で力を蓄えた料理人……
彼らの背景を探ると、一つの答えにたどり着く。
導き人が「太平洋不動産」2代目の宮戸 淳さんだということ。
二宮に生まれ、この土地を愛し寄り添う彼は、不動産屋という領域を超え、
無邪気なまでにこの町の魅力と可能性を発信し続けている。
時代、文化、ヒトの新旧を心地よく結び、二宮のニュースタンダードを紡ぐ人、
宮戸さんに4話に渡りこの町の魅力を案内してもらおう。

Photos : Koki Saito  Text : Paddler

二宮町をご存知だろうか? 大磯町のお隣、人口約3万人が暮らす、面積9㎢ ほどの小さな西湘の町だ。南は相模湾に面し、北には蛍が舞う里山がある。西に車で20分も走れば箱根へ、東に1時間も電車に揺られれば東京にたどり着く。そんな二宮町が、近年なにかと話題だ。古民家や団地のユニークな再生や、数々のスタイルある飲食店や興味深いコミュニティイベントの出没など……

まさにそんなムーブメントの大役を担ってきたのが、今年創業30年になる「太平洋不動産」だ。JR二宮駅から徒歩5分、海岸から至近距離の国道1号線沿いに佇む「太平洋不動産」は、親しみのあるカフェのような佇まい。大きな開口部から注ぐたっぷりの陽光、プランツの緑、リズミカルに配置されたガラス製のシーリングライト——従来の不動産屋のイメージを覆すのは、店構えだけでなく、そのユニークな手持ち物件と情報発信にもある。

その仕掛け人は、店長の宮戸 淳さん。彼の独自の視点と撮り下ろし写真満載で発信する公式ホームページ内の「くらしの情報」が人気を呼んでいる。中でも興味深いのは、彼が特に尽力する古い空き家や古民家物件の発掘と紹介。さらに、それらのセンスあるリノベーションストーリーや、移住者により活性化する地元コミュニティの新現象の発信だ。彼が紹介する二宮の「今」に惹かれて移住してくる人、Uターン族が上昇中なのだ。

そんな宮戸さん以上に、この町を知り尽くしている人が一体どこにいるだろう? 第1話では、彼をナビゲーターに二宮町に定着しつつある新たな住まいの形、再生される古民家にフォーカス。彼が実際に仲介し、終の住処に巡り会ったという工藤 隆さんのご自宅を訪れた。↙︎
海岸から1.5km、海抜35m。工藤 隆さんとパートナー、友理さんのご自宅は、「富士見が丘」の高台に佇む築55年の一軒家だ。狭い坂道を捻り上がってたどり着く隠れ家的なロケーションもいい。ノスタルジックでいて新鮮さをも覚える魅力的な家は、住みながら8ヶ月をかけてセルフリノベーションした物件だ。

——ここへ引っ越してきた動機とこの物件との出会いのストーリーを教えてください。

Mr.工藤_僕は東京出身なんですが、仕事の関係で長年国内を転々と赴任してきました。だからか、30代の頃から、趣味のサーフィンもでき、畑も持てるような安らげる町に暮らしたいと思い続けてきました。そこで、仙台の赴任先から今のパートナーと、過去に暮らした茅ヶ崎に戻ったのですが、彼女がストレスを抱えてしまって。2人で家探しを始めたら、宮戸さんのブログに行き着きました。探していた家が「古民家」ということもあり、この不動産屋であればきっと見つけてくれる、と直感したんです。そして、予約日に訪問してみると、宮戸さんが「昨日偶然にもこんな物件が出たんですよ!」と。それがこの家だったんです。その日のうちにここに訪れ、即決したんです(笑)。

Mr.宮戸_本当に運命を感じました。古い物件を求めていることはわかっていても、リノベーションも許される賃貸物件はなかなか出るものでもないんです。ですが、ちょうど来店前日に大家さんからの募集依頼があったんです。しかも自由にしていいと。

——まさに運命的ですね。 ただ10年も放置されていた家の状態はあまり良くなかったのでは? そこにお二人が可能性を見い出せたとは!この物件にお二人は何を見たのですか?

Mr.宮戸_本当にボロボロでした。床には穴が空いてるし。古い物件は、憧れだけじゃダメ、スキルがないと住めないんです。ただ、それができる人っていうのはクリエイティブで、絶対的におもしろい人なんです。だからこのような物件に出逢うと、ワクワクさせられます。「さて一体、誰がここに興味を持ってくれるか?どんな人と出逢えるか?」と。

Mr.工藤_じゃあ、俺を認めてくれたんだね(笑)
本当にひどい状態でしたが、ここを見た瞬間にどうしたいかがすぐに頭に浮かびました。畳の部屋があるのも嬉しかった。自分たちが住みたい家が実現できると直感しましたよ。彼女もすぐに「ここに住む!」と。↙︎
ダイニングキッチンは、来春には小さなカフェになる予定。新しいコミュニティをつくる「住み開き」の試みだ。
古さが持つ快適性、自分の手で家をつくる楽しみ

——どこか懐かしさを感じる素敵な家になりましたね。どんなセルフリノベーションをなされたのですか?

Mr.工藤_この家が持つ古き良きところを生かし、昔ながらの日本の心地よい暮らしをイメージしながら作業してきました。

仕事があるため、早朝、夜、土・日のみを利用した作業でした。住みながらのリノベーションだったので、家の中でキャンプ生活しながらね(笑)。寝袋も買いましたよ。 一つ部屋が完成すると、別の部屋へ移動という感じです。まずは自炊するためにキッチンからスタートしました。

床をはいで張り替え、壁のクロスもはいで漆喰を塗り、畳を張り替え……。味気ないステンレス製サッシが使われた開口部のある壁には、内張工法を採用しました。いわゆる内壁をカバーする新たな内壁をつくるっていう方法です。板を鎧張りにした壁をつくり、昭和時代の古い「ダイヤガラス」をはめ込んだ窓をつくりました。これで室内のムードはガラリと変わるわけです。

ほぼすべての扉も取り替えてました。ダイニングキッチンと廊下の仕切りには、大正時代の小学校で使われた吹きガラス製の「揺れガラス」の引き戸を。畳のある部屋には、100年ほど前の「蔵戸」、2階のトイレには、昭和初期の「杉の板戸」を使っています。そんな風に手仕事による天然素材のもの、古いものに置き換えるだけで、空間に味わいと個性が生まれました。

子どものオモチャづくりみたいで、完成すると楽しい! 次はここだ、あそこだ、と終わりのない作業であり、日々豊かになってゆくのが楽しくて。庭といえば、ちょっと怠けていると草ボウボウ。でも、それも仕方ないと思える魅力がここにあります。そんな暮らし方をしている若者が、二宮にはいっぱいいるんですよ。まだまだ日本も捨てたもんじゃないな、かっこいいなと思っています。↙︎
新旧のクロスオーバーがつくる
二宮町の新しい感性と魅力


——住まいを決める、新居を提案するにあたり、様々なチョイスがある中、工藤さんも宮戸さんも古家・古民家にこだわられているのは、なぜですか?

Mr.工藤_僕は新しい住宅には魅力を感じてないんです。合理性を重視し、手をかけず急いでつくられる住宅は、天然素材の利用も少ないし、意匠が漂わせる奥行きもない。古い家には、土塀や漆喰、無垢材の床や壁、竹を組んだ意匠や畳などが残り、味わい深く、本来の高温多湿の日本にピッタリ。僕の心には、祖母が暮らした茅葺き屋根の家や木造校舎の学校にあった心地よさが刻まれています。若い頃には不便に感じていたものの価値を今、再認識しています。だから昔の形が残るところに住みたかった。

Mr.宮戸_こういう古い物件は、正直に言うとビジネス的にはもうからないんです(笑)。ただし、そこには付加価値があります。ワクワク感や喜びを与えてくれるんです。このような物件を求めている人は、大抵こだわりのある素敵な人が多い。そんな人たちとの出逢い、そして彼らが移住してくれると、二宮の生活が楽しくなるんです。

また、古い物件は、二宮の風土にとても合っています。この町の自然環境に順応した住宅スタイルです。不動産屋として、そういうものを伝えてゆく義務も感じています。利益を考えたら、更地にしてポンポンと建売りにした方がいい。でも、それで失われてるものも大きいんです。それでは悲しい。僕がやっているようなことはどこの不動産屋もやりたがらないことでしょうね。

Mr.工藤_そんな宮戸さんに出逢えたのも奇跡だったんだ!

——二宮のこれからもとても楽しみです。この町の魅力とこれからをどう思われますか?

Mr.工藤_山、森、海、里がある。当たり前にそれらが循環する環境がとてもいい。人工物ではない昔からの原風景も残っています。正直に言うと、あまりみんなに知られたくないなぁとも思ってます(笑)。人口が増え、開発が進み、町本来の魅力が失なわれてほしくないんです……そんなことを宮戸さんともよく話すんですよ。

Mr.宮戸_二宮の良さを失わない形で発信をしていきたいです。今の私は、放置された古い空き家の所有者の方々にこそ、その価値の蘇り方をもっと知ってほしいと考えています。二宮にはまだ約250戸の空き家が残っています。家は人が住まないと劣化が激しく、ダメになってしまう。工藤さん宅のような実例を知ってもらえれば、固定資産税以上に収入も得てもらえ、建物の価値も蘇らせ、さらに地域の価値を上げることにも繋がります。これからの課題です。

次回、第2話では、宮戸さんお勧めの二宮町の魅力的なスポットを案内してもらいます。

二宮で蘇った古家・古民家の実例
Photos by Mr. Jun Miyato

「Boulangerie Yamashita」。宮戸さんが古い空き家再生に目覚めるきっかけとなった仲介物件。30年間放置された元美容院は、今では遠方からの客も足を運ぶ人気のパン屋に。②「だいちや」。東京からの移住者、大出夫妻による蒸しパン屋と整体所を共存させた店舗。昭和の古家の良さを残しながら大セルフリノベーション。
③タイプ別でリノベーションできるというユニークな団地再編プロジェクトが進行中の 「二宮団地」。「しっかりリノベ」で実現した建築家で焼き芋家のチョウハシ・トオルさんのご自宅。④太平洋不動産とKUMIKI Projectが共同主催したワークショップ「空き家丸ごとリノベ」。空き家再生、セルフリノベーションを推奨する太平洋不動産ならでは。

PROFILE

宮戸 淳 Jun Miyato

「太平洋不動産」店長、宅地建物取引士

不動産企業でのキャリアを経、父・宮戸慎一氏が二宮町で創業した「太平洋不動産」に入社。彼による「太平洋不動産」公式サイトやSNS、ブログでの情報発信が好評。中でも、独自の視点とオピニオンたっぷりに物件と町の魅力を発信する「くらしの情報」が人気だ。古民家や古い空き家など、ポテンシャルのある物件から、それらを再生させ暮らす魅力的な住人、興味深いイベントやスポットまで、リアルな二宮の今を紹介している。店長のブログ、「ハッピーにのみやライフ」https://ninomiya-life.comでは、公私ともに町のために精力的に活動する彼の姿が。

太平洋不動産
神奈川県中郡二宮町二宮167-3
Tel. 0463-73-3377
公式サイト https://taiheiyou-realestate.com