PADDLER’S EYE 湘南の今を独自取材した特集と連載

HEARTS&CRAFT 泰工房 By YASUAKI KOBATAKE 炎を操り、水で遊ぶ

生まれも育ちも東京・月島。
半世紀を過ごした下町を離れ、工芸作家の小畠泰明さんがやって来たのは鎌倉だった。
山の麓の静かな町に、燃え盛る炎と鉄を叩く音が響き渡る。

Photos : Rai Shizuno  Text: Paddler

うなりをあげる炎

人間は「火を操る動物」だといわれている。人間が火を使うようになってから、その生活は大きく変換していった。
火とのつき合いは長いのだが、炎となると話が変わる。料理などで日常的に火に触れることはあっても、そこで見たのは火ではなく、炎。その音はまるで知らない世界のものだった。

鎌倉・大町の山の麓にある工芸作家・小畠泰明さんのアトリエ「泰工房」を訪ねると、ゴウゴウとうなりをあげる炎に、炭をくべる小畠さんがいた。使う燃料はコークスと炭、炭はナラと松炭を使うそうだ。
「松炭は一番温度が高くなります。僕は鉄を高温で軟らかくし、きれいに曲げたいから使うんですけど、松炭で得られる炭素っていうのは鉄に混ざり込んでいく。それを錬って鋼をつくるんです。それが鍛錬。刀鍛冶の仕事ですね」
「鉄を錬る」と聞いても、イメージがわかないかもしれないが、燃え盛る炎の中で真っ赤になり、しだいに溶けそうになっていく鉄の姿を見ていると、なるほどなと思う。

金属加工の技術は中国で生まれ、朝鮮半島で高められ、日本にやってきた。2千年以上前の話だ。その後、奈良の大仏をつくった頃には、日本の技術は世界最高水準になったそうだ。
「金属を加工するための燃料は木であり、森です。日本は暖流に囲まれているからいつも湿潤で、森がよく育ちます。金属加工技術の発達は、刀鍛冶の技術、そして大工技術の発達に繋がっていくんです。だから日本の大工技術はすごいというわけです」

小畠さんの話を聞いていると、その歴史の中にしっかりと自身がいて、一歩ずつ前に進んでいるように感じる。
生まれも育ちも東京・月島。ご実家が鉄工所だった。遺伝子の中に金属加工の記憶が刻み込まれているというわけだ。
でも、ずっと鉄一本でやってきた訳ではなく、10代の頃に見ていた鉄工所の印象は、ホコリと油にまみれた世界で、魅力的には映らなかったそうだ。アートを志して東京藝術大学に進学した際も、鉄が選択肢に入ることはなかったのだが、次第にその魅力に気づいていく。

「『かえるの子はかえる』ってやつですね。鉄の面白さを知ってからは鉄をずっと扱っています」
鉄の話をしている時の小畠さんはとても楽しそうだ。鉄に魅せられ、共に生きていることがよくわかる。
「鉄のいいところは強靭だというところ。無骨で粗野だというイメージを持たれていると思うんですけど、強く、硬く、強靭だということは、繊細で軽やかな表現に耐えうるということなんです。だからこそ、作品はしなやかで柔らかい表現になるように心がけ、弱く儚い物をモチーフに選んでいます。より一層、鉄のイメージから遠のくことが、アートとして成りうることと思っています」↙︎
海こそが湘南の素材

月島から鎌倉に引っ越してきたのが2年前。鎌倉での暮らしは作品の変化となって現れている。
「鎌倉に降り立った日はとても暑い日で、鶴岡八幡宮にいっぱい蓮が咲いていたのがとても印象的でした。蓮のモチーフを取り入れるようになったのは鎌倉に暮らしてからだし、あとトカゲ。うちの猫が毎日つかまえてくるんですけど、ニホントカゲがあんなにきれいだなんて知りませんでした」

工芸作家というのは、何よりも素材を大切にするのだと小畠さんは教えてくれた。単なる材料だけということではなく、環境すらも素材として考えるのだそうだ。日々の暮らしの中で、見て、感じたものは作品となって表現される。
小畠さんは湘南の素材とは「海」だと考えている。これまで長きに渡って、趣味である釣りを通し、海に親しんできた彼。工房名の「泰工房」も、「太公望」になぞらえている。海という素材は、今後、小畠さんの作品づくりのモチーフになってくるのかもしれないが、それはまず金工作品ではなく、船として表現されるようだ。聞けば、近々船づくりを予定しているという。

炎を操り、水で遊ぶ小畠さん。彼が造る船もまた美しいものだろう。その船で釣りに連れて行ってもらうことをお願いして工房を後にした。

INFORMATION

泰工房

工芸作家、小畠泰明さんのアトリエ。
東京・下町で生まれ育った小畠さんは、家業の鉄鋼業を身近に感じながら美術の道を志す。
東京藝術大学大学院美術研究鍛金専攻を修了、芸術学修士の学位を得る。
「鉄素材の持つ強靭でしなやかな特性の造形化」をテーマに、国内外で作品を発表している。

神奈川県鎌倉市大町4-13-26
Email:coba1218@me.com
facebookページ

[Exhibition]

「小畠泰明 金工展」
会期:2018年1月31日〜2月5日
会場:ギャラリーおかりや(東京都中央区銀座4-3-5 銀座AHビルB2F)

www.g-okariya.co.jp