PADDLER’S EYE 湘南の今を独自取材した特集と連載

HEARTS&CRAFT シセロシスコ装飾
By Shigeru Yoshimoto
夢見心地の工房にて

金工作家・吉本繁さんに「小田原はどんな町?」とたずねると、
「ロックステディな感じですかね」と答えてくれた。
わかるような気がする。ゆったりと、でも芯のあるリズムの似合う町。
そんな小田原の中心に、金工アトリエ兼ショップ「シセロシスコ装飾」はある。

Photos : Rai Shizuno  Text: Paddler

桃源郷みたいな場所

お堀というものは不思議な空間だ。同じ水辺でも、海や川や湖とは違う、例えるなら結界のような凛とした雰囲気が漂う。
「桃源郷みたいな場所だなって思うんです。この空気感が好きですね」
小田原城のお堀端にある「シセロシスコ装飾」を訪ねると、金工作家の吉本繁さんが出迎えてくれた。
この日は台風接近による大雨で、外を出歩く人の姿もまったくなく、霞がかった世界にお堀にかかる橋の欄干の赤が映え、彼が言うように、どこか別世界のような景色がアトリエの目の前に広がっていた。

この場所を選んだのは偶然ではない。アトリエを構える以前、この場所にあった雑貨店に作品を置いてもらっていて、納品に訪れる度に、この空間に想いを募らせていたのだそう。間口約2メートル、奥行き6メートルほどの空間は、手前がショップ、奥がアトリエスペースになっている。エントランスのガラス戸の外には、何百年も変わらないお堀の景色が広がる。

吉本さんはこの空間で日々、一人、金属に向き合っている。制作するのはアクセサリー。壁に飾られた作品を見ると、水滴など、水をモチーフにしたものが多いことに気づく。
「いつも水を見ているからだと思います。水を見ていると本当に面白いですよ。お堀には波も流れも存在しないんですけど、確かに水の動きがあるし、雨が水面に落ちる様子とかを見て、いろいろ想像したりします」

指輪やペンダント、バッジといった作品にはすべてタイトルがつけられていて、大きくても5cmにも満たないその小さな世界には、外見的なデザインだけではなく、ストーリーが込められている。
「作品の意味についてはよく聞かれますね。でも、世の中を変えようとかそんな大きなテーマやメッセージではなくて、日常のちょっとしたことでいいと思うんです。例えば『くそ犬』っていう作品。それはジョギングしているときに犬に噛まれて、それが悔しくて『くそ犬』ってつけただけ。それぐらいのテンションでいきたいんです」↙︎
寅さんとポルコに憧れて

吉本さんの作品は、男らしいのだけれど、ユーモアがあって、すこし肩の力が抜けた空気感。でも、このスタイルは、まだ変化の途中なのだという。金工作品をつくり始めて16年ほどになるが、10年以上前はアメリカのタトゥーアートにあるような“いかつい”モチーフが多かったそうだ。
「骸骨バーン!みたいな感じでした。今も好きですけどね」。
そんなデザインをつくっていた頃は、パンクばかり聴いていたという。
「ランシドが神様でした。アクセサリーをつくってギフトしたりもしましたよ」

アトリエに結構な音量でロックステディやスカが流れているから、というわけではなく、作品はあきらかに音楽的な空気をまとっている。それを感じてかミュージシャンの顧客も多いのだそう。バンドのTOKYO No.1 SOUL SETやTHE ZOOT16の活動で知られる渡辺俊美さんとは、コラボレーション作品となるピック型のペンダントも製作している。

音楽が作品づくりの重要なインスピレーション源だとしたら、映画が、生き方における指針をつくっている。
「『男はつらいよ』がとにかく好きで。それと『紅の豚』。そのふたつを思春期に見たことが人生に大きく影響しているんです。あんな風に生きてみたいなって。『紅の豚』に、崖に囲まれた入り江にあるポルコの基地が出てくるんですけど、僕のアトリエに似ているなあと思うんです」

金工作家としてキャリアを重ねる彼はアクセサリーに強いこだわりを持つ。
「眺めるものではなくて、身につけるっていうところが面白いですよね。僕のものづくりの基本はそこにありますし、アクセサリーはずっとつくり続けたいんです。そして、寅さんみたいに全国を旅して展示販売したいですね」
ここで人生の師匠・車寅次郎への憧れをのぞかせるが、寅さんと違って結婚はしたいのだそう。

小学校時代は「6時間の授業全てが図工だったらいいのに」といつも思っていたという。それから20数年。今は憧れの場所にアトリエを構え、好きな音楽を聴きながら一日中ものづくりをして過ごしている。そんな時間を「夢見心地ですよ」と表現する。そんな幸せな環境で生み出される作品が、これからも楽しみだ。

PROFILE

シセロシスコ装飾

金工作家、吉本繁のアトリエ兼ショップ。19歳の時、旅先でのアクセサリーづくり体験教室で金工と出会った吉本が、金工の魅力に取りつかれるようにして、専門学校に入学。鍛金、彫金、鋳造の技術を身につけ、22歳頃から作品づくりをスタート。
ペンダントヘッドや指輪、バングルなどアクセサリー類を主に製作しており、そのモチーフの面白さがなんといっても魅力。

神奈川県小田原市城内2-16 城内奥津ビル100号