PADDLER’S EYE 湘南の今を独自取材した特集と連載

9 PIECES SENSE #004 DJ FENCER
DJ、音楽プロデューサー、BARオーナー

人生で影響を受けた音楽、映画、本。9つの感性から、その人のイマを知る。
第4回セレクターは、DJ、音楽プロデューサー、BARオーナーの DJ FENCERさん。

2018.02.09 FRI | UP

Illustrator:Kanta Yokoyama  Text:Tomohiro Okusa

『World DJ Championship:Final 1997』

数々の有名なDJを輩出している、世界最大のDJ大会であるDMC。DJ FENCERさんの師匠、DJ AKAKABEが世界4位に輝いた1997年の大会を収録したビデオ。[VHS]

『Recon-struction』

Vinroc

「90’s HIPHOP CLASSICS中心の選曲で、当時のミックステープは1発録りが主流のなか、これはエディットや多重録音を駆使していてすごくかっこいい。テープが擦り切れるまで聴きました」

『Unrest』

Rei Harakami

レイ・ハラカミのファーストアルバム。一聴して彼とわかるテクノ、エレクトロニカの音色は特異性が高く、同業者からも高い支持を得ている。40歳で急逝した。

『Future Listening!』

Towa Tei

1994年発売のファーストアルバム。「テイさんはSP1200というヒップホップの名機といわれるサンプラーを使っていたりして、かなり影響を受けました」

『Tourist』

St Germain

フランスのプロデューサー、ルドヴィック・ナヴァールによるプロジェクト。2000年に発売された、ジャズ〜エレクトロニカ〜ハウスなどを横断したダンスミュージック。

『The Köln Concert』

Keith Jarett

ジャズピアニスト。キースジャレットのライブアルバム。「映像も観ましたが、ピアノを弾きながら叫んだりしていて、ヴァイブスの人だなと。特にこの作品が彼のピュアな部分が出ていて最高」

『Tanto Tempo』

Bebel Gilberto

「生音に打ち込みを足してエレクトロニカな要素もあるボサノバ。テイ・トウワさんと一緒にやっていたのが聴くきっかけで、ここからブラジル音楽を掘るようになりました」

『日本の酒』

坂口謹一郎

発酵や醸造の世界的権威である著者により、1964年に上梓された名著。世界の酒や歴史を引き合いにしながら、素晴らしき日本酒の世界をひも解いてくれる。

『マクロビオティック料理 玄米食養家庭料理800種』

桜沢里真

「Zion High Playersのレコーディングの時、同バンドのセレクターのゴローさんにいただいた本。自身にマクロビを取り入れているわけではないけど、料理への向き合いかたを学びました」

福井県には不思議なスクラッチ磁場がある。福井在住のDJ AKAKABEが「DMC」というDJの世界大会で4位になったのが1997年。そんな先輩に憧れてDJ技術を磨き上げたのが同じく福井出身のDJ FENCERさん。現在は辻堂在住で「オフェンバー」というバーも経営している彼は、96年、高校1年生からDJを始め、特にスクラッチの世界に魅了された。

「スクラッチやヒップホップを教えてもらい、一緒に遊んでいた身近な人が、世界大会で外人と対等に渡り合っているのを『World DJ Championship:Final 1997』のビデオで見て、衝撃を受けました。それまではスクラッチの音が好きでちょっとできたらいいなという程度でしたが、大会で勝つというカッコ良さに惹かれて、ちゃんと練習しようと目覚めたきっかけでもあります」

自身も98年のDMCに参加し北陸大会で優勝。全国大会へと進むことになった。しかしそこではいい結果を残すことはできなかった。

「負けて悔しくて、ずっとスクラッチばかりしていました。でも、大会に出場したことで、クラブに呼んでもらう機会が増えてきて、DJでお金をもらえることがわかってきた。それでプロになりたいという思いが芽生えてきました」

当時通っていた旅行系専門学校はすっぱりとやめてしまい、音楽の道にまい進することにした。アルバイトをしながら、ミックステープをつくって配る毎日。そのなかで、イントロ部分にラッパーがリレー形式で登場するマイクリレーを収録することになり、実際に参加したラッパーがGEBO、LUKE、RAW、韻シストのBASIとサッコンだ。

「このときのメンバーは、その後のつながりも親密になりました。特に、GEBOさんとは音楽的にも意気投合して、バックDJをやらせてもらうことになり、韻シストとは、今でも一緒に代官山LOOPで行われている『NeighborFood』というイベントに出演しています」

大会に出てDJバトルをするというスタイルへのモチベーションが自分のなかで少し落ち着いてきた頃、ヒップホップへの興味が薄れていく時期があった。それとともにテクノやエレクトロニカなどが自身のなかで浮上してきた。

「DJ AKAKABEさんの師匠でもあるDJ NOZAWAさんから教えてもらったのがレイ・ハラカミさんの曲です。独創的だし、音の水彩画のようで美しい。ヒップホップでも“オリジナルであること”が重要だと思っていましたが、まさにそのものの音色です」

スクラッチやヒップホップを中心にしながらもさまざまな音楽に興味を持ち、自分に取り入れていった。レイ・ハラカミ、サン・ジェルマン、テイ・トウワ、キース・ジャレット、べべウ・ジルベルト…。エレクトロニカ、ジャズ、ハウス、ボサノバなど、影響を受けたと公言するものは、ジャンルもクロスオーバーしている。

今のスタイルにもつながる音楽性の価値観がドラスティックに変化したのが、2000年、スクラッチの聖地であるサンフランシスコに3カ月滞在したときの体験だ。レコードショップ「ゼブラレコード」に遊びに行ったところ、なんとショップが火事に見舞われてしまっていて、ヒップホップコーナーは無きものに。そこで、地下にあって被害を免れたハウスコーナーに“しぶしぶ”行ったときのことだった。
「当時はハウスにまったく興味はありませんでした。でも時間はあるし、なんとなく行ってみたんです。そうしたら店内の試聴用ターンテーブルを使って、ハウスでスクラッチしている白人のお客さんがいて。そんなのは初めて見ました。それがすごくヤバくて、価値観がバチンと変わりましたね」

今では“ハウスでスクラッチ”することが、自身のDJスタイルであり代名詞となっている。ゼブラレコードが火事にならなければ出合わなかったという、なんとも不思議な偶然。

「それからは何でもスクラッチしちゃおう、って。結局、ヒップホップにとらわれていたんです」

こうして自分を拡張していったDJ FENCERさんは前述の通り、現在、音楽活動と並行して、辻堂で“sake+DJ bar”をコンセプトにした「オフェンバー」を経営している。日本酒とDJカルチャーを同時に啓蒙していく活動ともいえる。ともに“おじさんの飲み物”と思われたり、“チャラい、もしくはイカつい人が好む遊び”という誤解を含んできたもの。そんな意味のない障壁を叩き壊したかった。

「日本酒もDJも、まだまだ偏見が強いと思います。敷居を低く設定して、もっと辻堂周辺の人たちにも好きになってもらいたい」

昔から料理もお酒も好きで、飲食店経営にも興味を持っていたという。『日本の酒』や『マクロビオティック料理 玄米食養家庭料理800種』を読み、日本の食文化の奥深さを知った。

「自分は日本人だし、日本の伝統や食文化を、どんな形でもいいから継承していかなければならないという思いが頭にありました」

最近では、まったく素人だった女性がDJを習いに来て、オフェンバーでDJデビューを果たしている。「ノリでもいいから、こうした動きがあるとうれしい」とDJ FENCERさんの顔もほころぶ。DJカルチャーは辻堂から確実に広まっている。

「ジャンルは何でもいいと思っています。自分でもそれほどヒップホップという意識もないし、ただ音楽が好きなだけ。音楽で一生を終えればいいかな」

柔軟でありながら、芯も強い。そんな思いと人間性が自然に伝播してか、オフェンバーに集まるのはジャンルを超えて音楽を愛する人ばかり。DJやミュージシャンはもちろん、純粋なミュージックラバーもいれば、お酒好きもいる。

オフェンバーも彼が行うDJ活動のひとつかもしれない。DJカルチャーと日本酒、そして辻堂コミュニティをミックスしているのだから。

PROFILE

DJ FENCER

福井県鯖江市出身、湘南在住のDJ/音楽プロデューサー。「NEO☆PHYTE RECORDS」主宰。Soonyとのプロデュースユニット「SUBURBAN」として、Shing02、TeN、COMA-CHIなど様々なプロデュース、リミックス作品を手がける。米国KDDIやaudio-technicaのヘッドホン「SONIC FUEL」のCMソング、PS3のレーシングゲーム「グランツーリスモ6」や「Corona Music Coaster」へ楽曲を提供。ORIONBEATS「AWESOME BEATS」への参加。2012年、ソロ名義初となる『Rip Current』をリリース。現在、韻シスト主催の「NeghiborFood」にレギュラー出演するかたわら、ディスコユニット「616 -mujuryoku-」としてもファーストアルバム『ZERO』をリリースした。